3st-04 | ナノ

第参話 四


 放課後を待って玄関で待ち合わせをした俺たちだが出発は遅れていた。
 下校していく生徒達のなかで待つのに飽きた燈治が唸った。

「あああァ……ッたく、飛坂の奴、何やってんだよ。放課後に行くって意気込んでたのはあいつなんだろ」

 そう言って、ポケットに突っ込んだ手を出して髪を掻き回す。
 このなかでは一番飛坂と親しい穂坂に視線を送ると「多分、生徒会の仕事だと思うな」と答えた。

「さっき、風紀委員長と何かの作戦立ててたから……」
「作戦って……。今度は何をしでかす気だ……」
「お待たせ……」
「わッ!?」
「ばッ、背後から声をかけんな! 心臓に悪ィだろッ」

 声を荒げた燈治に、少し疲れを浮かべていた飛坂の瞳に光が戻る。

「あら、何か疾しいことでもあるのかしら?」
「一々そういう事を引き合いに出すのを止めろってんだろ、可愛くねェ女だな!」
「フン。アンタに可愛いなんて思われても嬉しくないわよ」

 こいつら会う度にこうなんだろうか。剣呑な雰囲気は隠されてないが、ここに来て最初に見慣れた光景なので俺も泥沼化する前に間に入るタイミングを覚えつつあった。

「飛坂も燈治も落ち着け。燈治だって飛坂が元気なさそうだから驚いただけだって」

 言いながら文字通り割って入ると二人の視線が突き刺さった。

「おい、千馗」
「七代君、それは無理があるんじゃない?」
「飛坂だって燈治が素直に心配できる奴じゃないって知ってるだろ」
「……。……時々、七代君ってスゴい事言うのね」

 半ばげんなりとした声を返されて、燈治を見やると飛坂と同じ目をされた。なんでだよ。

「けど、巴。七代くんも言ったけれど、何だか疲れているみたい。大丈夫……?」
「ちょっと、風紀委員と規制方針の違いでもめててね……。ッていうか、あのクソ委員長……。こんどどっちが真の支配者かきっちりカタつけてやるわ」

 瞳に灯った光が静かに燃えている。

「おいおい、大丈夫か、この學園……。それより、行く前にまず説明しろよ。その情報屋とやらをよ」
「そうね……ま、言っても、あたしも噂でしか聞いたことないし、伝手からの又聞きになるんだけど、何でもお金持ちのボンボンの道楽だって話で……とにかく凄腕らしいわ。常識外れの人脈の持ち主で、扱う情報は国家機密からクラスメイトの好きな子まで。警察関係者から、企業の役員まで、顧客には事欠かないそうだけど、依頼に応じてくれる条件がどうやってもわからないのよ」
「お金……って訳じゃなさそうだもんね」
「金に困らない生活しているんなら、そうだよな」

 穂坂と俺の言葉に飛坂は頷く。

「ええ。しかも評判も人によってまちまちなの。すごく親身だ、って言う噂もあれば、適当にあしらわれた、っていう話もあるし。そもそも依頼自体を諦めた……なんて人もいるみたい」
「…ものすごい気分屋ってことなのか?」
「一筋縄じゃいかない相手だって事か。そいつはちょっと面白そうだな」
「まったく、アンタはすぐそれよね。不確定な情報で悪いんだけど、ともかく行ってみない、七代君?」

 不確定な情報と飛坂は言っているが、他にアテがあるわけではない。

「ええ。他に手もない事だしね。もしハズレなら噂のフレンチトーストを奢るわ」





 飛坂を待って校舎を出た學園内は静かだった。下校途中の生徒はほとんどおらず、運動部のグラウンドで出している掛け声だけが學園としての存在感を残しているようだ。

「……あれ?」
「どうしたの、弥紀?」
「うん、あそこ……。校門の陰に、小さい子がいるみたい」

 そんな閑散としつつあるからか、難なく小さな人影を確かめることができた。が、そのシルエットと碧色の制服に見覚えがある俺は、うわっ、と小声で呻いてしまった。今朝の子だ。昼間にも同じく見かけていた燈治がぼそっと訊いてきた。

「……何やってんだ、あの餓鬼」
「俺が訊きたい」


「標的(ターゲット)は例の場所に向かう模様。従って、作戦を四ノ型から弐ノ型へと変更――これで奴らは中に入った途端……。うん、完璧だ!」


 今朝の内容を思い出すにターゲットというのは俺ではないか、と今では確信を持ちかけている。
 だが今もメモをとっているあの子を見ても、見覚えはない。

「何かブツブツ言ってるぞ」
「だから俺に訊くなってば。大体、どこの誰だか…」
「あの制服……確か、八汎學院よね」
「わかるのか?」
「制服の見分けくらいならつく程度よ」

 けど、ウチに何の用かしら、と訝しむ飛坂の反応からしてやはり。

「ちょっと行って来る」
「おい、行くのかよ」

 見覚えはないとはいえ、もう見慣れつつある相手だ。
 小さなその背に歩みを進めると「そうね。あんな小さい子を放っておくのも気が引けるわ」と飛坂がすぐに隣に並んできた。その行動に、生徒会長だとそうするかも、と俺は納得して、声をかけるのは彼女に任せた。

「ちょっと、あなた。そこで何してるの?」
「―――わあッ!!」

 後ろから声をかけられた子が一瞬飛びあがった。あれ、なんかデジャヴ。
 落としかけた手帳とペンを慌てて掴んだその子はひどく驚いた顔をして、ついですぐに周囲を見るが、放課後もやや過ぎた通りには俺たちと子ども以外に通行人はいない。そして声をかけられたのが間違いなく自分だとわかった相手は、笑顔とは程遠い引きつった笑顔を浮かべた。

「な、ナンダイ? ボクは怪しいモノじゃナイヨ?」

 …若干上ずってる片言が飛び出した。

 後ろで「……は?」という声が聞こえたが燈治だろうか。この場にいる全員の心情を言い当てた言葉が出たのだが、トボけるというには白々しい片言を使う子どもは大げさなジェスチャーで更に弁を振るう。

「イヤー、素敵な学校ダネ!! ツイツイ、足が向かってシマッタ! 君タチ、もう帰るトコなのカイ?」
「うん、そうだよ。お姉ちゃんかお兄ちゃんを迎えに来たの?」

 さすが穂坂。人好きのする笑みで子どもの話に頷く。
 ついでにサクッと核心に触れてくれたが多分本当にそう思っただけなのだろう。邪推も何もない穂坂の問いに「あ……」と相手は少し放心したが、すぐにブンブンと首を縦に振った。

「そ、ソウソウ!! ソレ!!」
「仕方ないわね。放送で呼んであげるわ。何年かわかる?それと、名前を教えてくれないかしら?」

 ポケットから携帯電話を取りだす飛坂の行動は鮮やかだ。

「いッ!? い、いや……」
「小さい妹さんを待たせるなんて心配だものね」
「ち、小さくないッ!! 子供扱いするな!!」

 最初の威勢を取り戻す勢いで怒る子どもに穂坂が「あ……そうだよね。ごめんね」と謝る。
 すると一人引っ掛かるところが違ったらしい。燈治が「妹?弟の間違いじゃねェのか?」と穂坂に訊ねた。

「え、違うよ。どう見たって女の子―――」
「う、うるさいッ!! 女って言うなッ!!」
「ええッ!?」

 子供扱いよりも更に声を荒げられて穂坂が目を白黒させる。はーはー、と肩を怒らせて威嚇してくるので俺たちは少し距離をとった。

「おいおい……何か面倒くせェ餓鬼だな……」
「でも、知らなかったな。八汎って中等部もあるんだね」
「違うわよ、弥紀。初等部があったでしょ、確か」
「ああ、小学生―――ってッ!?」

 スコーンと頭にきた衝撃。コロコロと足元を転がるものを見て俺は絶句した。

「……わ、藁人形」

 投げつけたであろう当人を見るとプルプルと細い肩を震わせて、キッと俺を睨んだ。

「くッ……。お……覚えてろよ!! この借りは必ず返すからな、七代千馗ッ!!」

 俺の名前をまるで親の仇のように叫ぶと今朝と同じく碧色の影が走り去って行った。転がった藁人形を拾ってみると、そこには丁寧に紐でくくられている。あの子の持ち物だろうか。

「……随分、恨まれてるみたいだったぞ、千馗?」
「やめろ。…その目はやめろッ」
「怪しいわね…」
「だから濡れ衣だッ!」
「ちょッ―――あたしは別に七代君だって言ってないでしょ!」

 思わず詰め寄った俺を飛坂が「離れなさいよ!」と鞄で叩いた。
 ごめんと謝る俺に飛坂が白い指を一本立てる。

「大体、恨まれるにしても、つい最近にこっち来たばかりの七代君のことを顔まで把握できているのは不自然よ。八汎ってここからそう近い学校でもないしね。まず、あの言動からしてアッチが不自然だわ……一体、何者なのかしら?」
「あれ? 何か落ちてるよ?」

 穂坂が歩道に落ちている手帳を拾った。革張りの手帳には八汎學院生徒手帳と印字されている。

「さっきの子が落としていったのかな」
「多分。なかに証明写真と名前が書いてあるはずだよな、それを確認させてもらおう」

 生徒手帳なんて貰ったらなかなか開かないが、証明写真を探すのには苦労しなかった。というのも、一緒に写真が一枚挟まっていたから最初に開いたページにそれはあった。写真は古めかしい店の前で立つ老人と子供が映っていた。二人とも幸せそうにこちらを見て笑っている。

「この写真……お祖父さんかな。二人とも、すごく幸せそうな笑顔……」
「うん。そうだな」
「はいはい。確認するのはそこじゃないでしょ、七代君。えーっと……八汎學院高等学校、一年兎組、日向輪……高校一年―――!?」

 散々中学生だ小学生だと決めつけていた俺たちを悔しそうに睨んでいた日向輪の顔が浮かぶ。

「やべェ、小学生だと思ってたぜ。…おい、千馗、性別はどっちだ」
「女、だな。……燈治。お前が一番酷くないか?」
「なッ……」

 小学生、しかも男子だとはっきり口にしていたのは燈治だけである。
 わあ、サイテーと茶化しながらぺらりとメモらしきページをめくって見覚えのある内容に俺は今度こそ絶句した。

 七代千馗の行動記録。鴉乃杜神社。朝。起床し同居人のいる居間へ。朝食は―――

「どうした?」

 覗きこんできた燈治の目がページに向く前に俺は手帳を閉じた。どっと冷や汗が出る。ヤバい。

「な、なんでもないッ。そ、そうだ、コレ、俺が預かっていてもいいか? 用があるのは俺みたいだからすぐに返せるし!」
「…そうだな。また、どっかから覗いてるかもしれねェしな」
「まあ、そうね。言いだしっぺなんだからちゃんと管理してよ、七代君。さて、あの子の事は気になるけど、いまは先を急ぎましょ」