2.5st-02 | ナノ

序幕 弐


「あ……ええと……」
「……お前が突然現れて訳のわからねェ事を言うからだろ。千馗以外は完全に置いてけぼりだぜ」
「って言うか、そもそも《呪言花札》って何なのよ」

 飛坂の質問に白はあからさまに「面倒じゃのう」と視線を横に投げる。
 そしてチラリと考えるように俺を見ると「まさか其方まで妾に説明せよと言うのではあるまいな?」と訊いてきた。でも俺は突然派遣されてきた新米封札師だから教えてくれと頼むと、白だけでなく燈治や穂坂たちも少し驚いていた。あれ、言ってなかったっけ?
 白は考え込むように俺を凝視すること数瞬、「…《カミフダ》については説明するまでもなかろう」と言った。うん、それは鍵さんからも聞けた話だ。

「妾たちが《花札》などと呼ばれるようになったのは近世の事じゃ」
「確かに、花札の起源って江戸中期ってだけではっきりしていないものね。って事は《呪言花札》は、それ以前からいまみたいな図柄だったってワケ?」

 宝方もそんなことを言っていたな。俺もそこまでは図書室で調べた――花札に関する本なんてほとんどないに等しい雑学程度のものだったけれど。

「この札を元に花札が作られたという説もあるようじゃからの。少なくとも、妾の意識が生まれた時にはすでにいまの形じゃった」
「え? じゃあ白ちゃんは後から花札になったの?」

 俺は白を見つめた。
 花札の番人という彼女が生まれる以前から花札があった?

「……話が逸れたな。札には十二の属性と四つの種別があり、十二の属性は更に大きな四つの属性に分けられる。それぞれに、《力》の種類や用途が異なるという事じゃ」
「なるほど……。あたしたちの知ってる花札と同じってワケね。花札の十二種類は、それどれ一月から十二月に相当するわ。そしてそれは四つの季節に分けられる……。そういう事でしょ?」
「うむ。これまでに見つかった《種札》や《冊札》と言った、力の強い札は皆《秋》じゃ。《素札》のように弱い札はこれに限らぬやもしれぬが、他の季節の札を様する、それぞれの洞があると考えてよかろう。そして残り三つの季節は、別の場所にある可能性が高いという事じゃ。……ようやく話が戻ったのう。まったく、世話の焼ける……七代、其方の監督がなっておらぬからじゃ」
「監督って…」
「俺たちは犬か何かかよ…」
「封札師って言ったっけ? 結構大変なのね、七代君も……壇みたいなのを世話しなきゃなんないなんて」
「おいッ」

 燈治のツッコミに飛坂は「ともかく」と無視した。

「いまは少しでも情報が欲しいわね。もう少しこっちでも調べてみるから、また連絡するわ」
「頼んだ。こっちも何かわかったら伝える」
「次は、校内放送で呼び出しはすんなよ」
「はいはい。……一応考えているアテはあるのよ。ただハッキリしない情報でね……まあ、どうしてもって場合にはそこに連絡をとってみるから、放課後とかは空けておいて」

 じゃ、解散ね、と飛坂が扉を開ける。
 俺は下りる前に白に声をかけた。

「白はどうする?」
「似たような分龍がないか探してみるつもりじゃ」
「ひとりで大丈夫か? なんなら付き合うけど」
「うつけ者。妾を誰と思うておる。人目につかぬようにすることなど造作もないわ」

 顔を背けられてしまっては苦笑するしかない。俺は扉を開けてもう一言だけ白に言った。

「なら、昼休みにもう一回来るよ。帰るんなら寄り道しないようにな」
「……七代」
「ん?」

 振り返る。
 白は紫水晶みたいな瞳をただ真っ直ぐに向けていた。

「其方もそろそろ自覚は出来てきたじゃろうが、妾たちは一刻も早く、残りの札を集め封じねばならぬ。札は強き意志を持った者の手か洞のどちらかにあると見て間違いない―――其方だけが全ての札を従える執行者なのじゃ」

 強き意志を持った者。
 宍戸のように憑かれた奴だけじゃなくて、札を奪っていった男みたいな自ら扱うだけの力がある奴とも戦う可能性があるってことか―――不意に伊佐地センセに言われたことを思い出した。

 力を手に入れる資格があってその力を手に入れたなら、そのときから同時に義務と責任を負うということ。カミフダを巡るなかで、その力の悪用を目論む個人や組織から護ることもあることも。

「多分、白が望むような執行者とはかけ離れているかもしれない。助けたいときには助けさせろなんて言ったし。……だから、戦わなきゃいけないときは俺が戦う。説得だけで済んでくれるような奴だけ相手にはできないって意味だろ?」

 札を集める過程で、大なり小なり相手の願いを踏みつぶすことになる。それをしなくちゃいけないのが執行者の義務と責任なら、選ばれたのが俺でよかったと思う。封札師である俺に白は執行者になってほしくなったんだろうけど。封札師としてだけの俺ならきっと白とこんな風に話すこともできなかった。

 そうだったら、多分、白が嫌いなままの札を集めるだけの封札師だったと思う。…それに、自己満足でも、武藤や雉明みたいないい奴にやらせずに済んだんだって思っちゃうし。

「そうじゃ。其方が執行者であること、努々忘れるでないぞ」
「わかった」
「……早う行け。刻限は守られねばならぬ。―――必ずじゃ」

 一際強く吹いた風に白が最後、何て言ったのかは聞こえなかった。





「よし、じゃあ今日はここまでだ。わからない場所があれば後で聞きに来い。―――日直」
「きりっつー、れいー」

 午前最後の授業が終わった。
 教壇でプリントを揃えている牧村先生を見ると、あの人本当に教師だったんだなあとしみじみ思う。

 図書室に行く前に、まずは購買で昼飯でも買ってこようと財布片手に立ち上がると、穂坂が声をかけてきた。

「七代くん、今日も図書室に行くの?」
「ああ。早く他の洞の位置とか見当つけられるようにしておきたいし」
「うん、七代くんならそうだと思った。だからね、牧村先生に聞いてみるのはどうかな?」
「んん……、牧村ァ?」

 欠伸をしていた燈治が訊くと、穂坂は頷く。

「私も白ちゃんが言ってたこと、何だか気になっちゃって……それで思い出したんだけどね。牧村先生、この辺りの郷土史に詳しいんだよ。趣味でフィールドワークしてるんだって、前に言ってたの。ねえ、聞いてみるだけ、聞いてみない? ……どうかな、七代くん」
「あ、…そうだな。牧村先生に訊いてみるのはいいかも」
「うん。牧村先生ならきっと何か知ってると思うな」
「――けど、素直に教えてくれるかなあ」

 きょとんとした穂坂にいやいやと誤魔化す。

 この前、図書室で会ったとき、鴉乃杜と土地の歴史を調べていることを言ったけど、面白いものを見るような目を向けられただけだった。しかも「キミはこの道のプロ、なんだろう?」と言われてしまいぐうの音も出なかった。
 牧村先生がここの郷土史に通じているって最初に知っていたら何か聞き出せただろうか――うーん、穂坂に指摘されるまでそこに至らなかった自分に反省。





 失礼します、と司書室に入ると燈治がせっせと積み上げられた本の山を片付けていた。それなりに広さのある部屋は図書室と大差ないくらいに書架が並んでいて、机は牧村先生のしかないのに狭く感じた。
 そのなかで優雅に腰掛けていた部屋の主は俺に気付くと「お、来たか」と片手を上げた。穂坂は牧村先生の隣に置かれた椅子に座っている。

「……何やってんだ、燈治」
「お前が遅ェから牧村にコキ使われてたんだよッ」
「困っている司書を見捨てない生徒でよかったよ。ほら、これで最後だ」
「くそッ、二度とするか。ここは鬼門だ。鬼門」

 ブツブツと文句を言いつつも燈治は渡された本を並べ終える。
 俺は二人とは別に寄り道していた購買で買ってきたものを渡した。本がある場所だから流石に匂うものは渡せない。
 缶コーヒーを牧村先生に渡すと「気が効くじゃないか」と笑った。

「穂坂はミルクティーとどっちがいい?」
「あ、じゃあミルクティーでいいかな」
「いいよ。燈治はコーヒーでいいだろ?」
「サンキュ」

 プルタブを開けて一口飲んだ牧村先生は「それで?」と俺たち三人を見渡した。

「私に何か質問があるんじゃなかったのか? 授業の質問ならさっさと済ませよう」
「あの、実は授業の質問じゃないんです。この學園について、先生にお話を聞かせてもらえたらと思って」
「ふむ……。七代、お前はどこまで調べた?」

 分かる範囲でいい、と促されて俺は思い出しながら途切れ途切れに話した。
 鴉乃杜学園――その創立は関東大震災のあった大正十二年と言われており、荒野となった東京の震災復興計画の一環として、時の内務大臣が造らせた学舎であるとされている。

「少しは調べたか……。まあ、震災復興、というよりも新帝都造営が目的だったんだろうな。欧米からの支援金もあって、当時じゃ珍しい鉄筋の校舎が建てられた。こんな場所にあるわりに敷地がやたら広いのは、そういった背景があるからだ」
「へェ……。ボロいと思ってたがまさかそこまでとはな。で、建て替えられないのもその背景のせいって訳か?」
「自治体からはそういう回答を得ているようだな。さすがに改修や建て増しは幾度か行われたようだが―――最新の学校教育をと設立されたはずが、いまじゃこの有様だ。本末転倒な話だろう?」