2st-end | ナノ

第弐話 拾四


 突風に巻き上げられた紅葉に身体を覆い尽くされるような錯覚。
 それを振り払ったときには男は忽然と姿を消していた。いち早く正気を取り戻した白だぢたが、沸々と怒りがこみあげてきたらしい。感情を表わにして声を響かせた。

「彼奴……手にして瞬時に札の力を得たのか……!? まさか、そのような者まで現れるとは……。……ええい、それにしても札を射貫くなど! なんたる狼藉か!」
「あ、そうだわ。大丈夫なの、あれ?」
「……何も紙で出来ておる訳ではないからの。性質上、問題は無い。時間が経れば自己修復もするが……そういう問題ではない!! まったく、あの小童め! 腹の立つ……!!」
「落ち着けよ、白」

 白い肌をほのかに赤らめて毛を逆立たせている白に声をかけたら、ギンッと射殺すような紫の瞳に睨まれた。やば。そう思ったのは遅くて、扇子でバシバシと叩かれてしまう。

「七代ッ! 其方は、仮にも執行者でありながら見す見すと花札を奪われるなど―――ええい、何たる体たらくじゃ!」
「ッた! いやッ、でもそれだけの使い手が花札を持っていくだけで済んだんだから良かったっていうか……あのまま襲われていたら持っていた花札も奪われたかもしれなかったし!」
「……!」

 ピタリと白の攻撃や止む。
 こわごわと見下ろすと白の小さな身体がぷるぷると震えていた。
 思わず、チワワ?と呟いたのがいけなかったんだと思う。くわっとこちらに顔を向けた白の顔は鬼の形相で、

「―――そのような言い訳で妾を煙に巻こうとは……!!」
「え!? いや違う! 違うって! ッ――ああああああッ、ハゲる! 鴉で毛を毟るな! うわッ! 今、ブチッって言った! ブチッって!!」





 札に身体を乗っ取られていたんだから辛いだろうと俺と壇が肩を貸そうとしたが、「大丈夫です」と断られた。だけど、さっきのことも含めた説明して欲しいと言われて俺たちは洞から地上に戻る間、俺がどうして転校してきたのかも含めて呪言花札のことを教えた。
 それを全て静かに聞いていた宍戸は真っ暗になった校舎裏に出ると「そうですか。…夜刀神さんと思うてたのはその、何とか言う花札で……」と口を開いた。

「あまりよく覚えとらんが、わしゃァ、取り返しのつかん事をしたんじゃな……」

 あたりをぼんやりと見つめる宍戸。
 誤魔化すのは良くないだろうと宍戸には此処に来るまでに部員を襲ってしまったことを伝えている。もう部員は転がっていないものの、やりきれないのだろう。ぐっと堪えるように真っ直ぐにそこを見た。
 
「其方に取り憑いた札が内に秘められた願望と結びつき無意識に力を振るったのじゃ。……其方が望もうが望むまいがお構いなしにの」
「いえ、でも結局はわしの弱い心が原因で起こった事じゃ。人を襲って、怪我ァさせて……。許される事じゃないけェ。いまから、警察行って……」
「あ、みんな!! 宍戸くんも……!!」

 駆け寄ってきた穂坂に「お前、まだ残っていたのか」と壇が驚く。
 俺も驚いて見つめていると、穂坂は「うん、待っていたかったんだ」と笑った。
 
「無事だったんだね、よかった……。七代くんも……。お帰りなさい」

 じんわりと胸が温かくなる。
 恋とかそんなんじゃなくて、穂坂の笑顔はほっとさせる力があるんだと思う。だから俺も自然と笑って応えられた。

「うん、ただいま。待っててくれてありがとう。怖かったろ」
「……うん。待ってるのって……やっぱりちょっと怖いね。でも、本当によかっ…た…」

 くらりと穂坂の足元がふらついた。大丈夫かと慌てて抱き止めると「ご、ごめんね」と声は返ってきたが、その顔色はあまりよくなかった。

「ちょ、ちょっと弥紀!? 大丈夫!?」
「あ……うん。ちょっと、疲れちゃっただけ……」
「穂坂、お前一体何を……」

 心配する飛坂と壇に穂坂は「大丈夫だよ」と笑って宍戸に声をかけた。

「宍戸くん。もう、大丈夫だよ」
「え……? け、けど、わしゃァ―――」
「入院、してた子も、明日には、きっと、退院出来る、よ……。お医者さんは、驚くかも……だけど」
「弥紀、アンタまさか―――病院まで回って……?」
「みんな、怒ってないって……宍戸くんの心配、してたよ。だから、ちゃんと謝れば……みんな、許して―――…………」
「ほ、穂坂先輩ッ!!」

 声が途切れて胸にかかる重みが強くなる。飛坂は穂坂に近づくと頬や頬に触れるとホッとした顔で俺を見た。

「大丈夫。寝てるだけだわ。まったく……無茶するんだから」
「穂坂先輩まで、わしのために、こがァなるまで……」
「なァ、長英。案外、大丈夫だろ? 負けても、駄目でも、みっともなくてもよ」
「罪は確かに罪かもしれないけど償い方は一つじゃない。アンタのことを待ってる人たちの為にも―――責任を果たすべき場所があるんじゃないかしら。ねェ、部長?」

 宍戸は一度眠っている穂坂を見ると「先輩方のおっしゃる通りじゃ」と顔を上げた。

「わしゃァ、もう―――逃げん。何を言われようが、また修練して立ち向かう……。それが、わしの、道じゃ」
「ッたく……お前な、デカイ図体して細かい事、気にしすぎなんだよ。そんなんじゃ、剣先だって鈍るばかりだぜ?」

 壇のからかうような言葉に、宍戸は強く頷いた。

「……まったくじゃ。ただ型を繰り返す。ただ己を見つめる。それが剣の道じゃ言うに……。精神を統一して修練を重ねれば義は自ずから上達する。これど、心を貫く流儀―――わしの剣の道はまだまだじゃけェ。それじゃけェ―――どうか……七代先輩!!」
「へ?」

 いい話だなあと聞いていたら、ガシッと空いている手を宍戸に掴まれた。え、何、っていうか何でいきなりそんな元気なの。唖然と見上げたら宍戸は夜でもわかるくらい顔をキラキラさせた。

「わしに出来る事があるんじゃったら、手伝わして欲しいんじゃ! この力ァ、七代先輩のために得たようなもんじゃけェ」
「え……えッ!?」

 あ、そっか力の使い方さえハッキリと定まれば《力》は暴走しないんだっけ。つまり宍戸も札憑きになったということをすっかり失念していた。
 いやいや俺は別に手伝わせたいつもりで助けたわけじゃないんだけど!と言いたかったが、……キラキラしてんだよ。純粋さの塊みたいな目がこっちを見てんだよ。そんな宍戸の目を見て言えるわけもなく、俺の天秤は揺れに揺れて―――ありがとうという言葉と一緒に宍戸の手を握り返した。

「お…」
「お?」
「おおおおおおッ!! やっちゃるぜェッ!! 七代先輩のために粉骨砕身、どこまでもついて行くけェ!!」
「い、いや、どこまでもってのはちょっと…」
「ッたく、大げさなんだよ」
「まあいいじゃない。存分に働いてもらいなさいよ、七代君」
「……あのなァ」

 お前ら他人事だからって。
 そのうち鴉乃杜公認の封札師になってたらどうしよう。泣くに泣けねえぞ、おい。

「けど、ま。よかったよ」
「ああ、ようやくこれで一件落着ってことか」

 お疲れさん、と壇に言われて、同じ言葉を返すと「……そうも言ってはいられぬがな」と白が苦い顔をしていた。花札を一枚、見知らぬ奴に持っていかれたことだとすぐに思い至る。
 飛坂も「そうね、花札を奪っていったアイツ……。一体、何者かしら」と口元に指をあてる。

「あの制服……それにあのバンダナは確か……」
「何だか知らねェが七代以外にも花札を集めようとしてる奴らがいる。………。だが―――七代以外に真っ当な理由で札を必要としてる奴はいない……。そうだな、白いの」

 壇に言われて白は「――そうじゃ」と一つ頷く。

「ヒトの身のまま、全ての札を治める事が出来るのは執行者のみ―――それと、妾の名は白じゃ。其方も執行者と共に在る札憑きならば、そのくらいは覚えぬか」

 最後は顔を扇子で隠してしまった。俺が壇を見ると目が合い―――ニッと笑った。

「へへッ、わかったよ」

 白はチラリと壇を見たあと、フワリと浮いて札に姿を変えてしまった。手元に入った白札を眺めて、素直なんだか素直じゃないんだか、と笑った。





「……う、ぶえっくしゅッ」
「風邪かァ? まあ、最近は夜冷えてきたからな」

 穂坂と飛坂そして宍戸を途中まで送ったあと、俺は壇と連れ立って夜道を歩いていた。

「…よく言うよ」

 ずずっと鼻を擦った俺は睨んだ。壇と比べて俺は明らかに埃やら泥やらで汚れている。あのとき、壇の放った流水を思いっきり被ったからに他ならない。そう愚痴ると、「明日休んだら見舞いに行ってやるよ」と言われて、すっとんきょうな声が出てしまった。

「あ、いや。いい」
「…何だよ。遠慮すんなって」
「そうじゃなくってッ。……俺、いま、人の家で世話になってるんだ。封札師の協力員の人のとこなんだけど、その人の家族全員が知ってるわけじゃないからさ。あんま気遣わせたくないし…」

 あと、居候先が羽鳥先生の家だってのもあったけど言えなかった。今は話しても、壇が邪推したり口外することもないと思っていたけど、俺だけの問題じゃなかったから。

 そんな肝心要の部分を濁した説明だったが、壇は納得してくれたらしく「ふうん、居候ってのは大変だな」と言ってくれた。

「じゃあ、ここで別れるぜ。本当は送って行ったほうが良いかと思ったけどよ。俺みたいなのもついてったら、余計心配するかもしれねェし」
「そういう意味じゃない!」

 送ってくれるつもりだったことに感謝するより、俺は壇の言葉に怒ってしまっていた。

「言えないのは、俺の都合だけじゃないからってだけで――別に壇を紹介したくないとかじゃない。紹介できない友達なんかいるわけないだろ。……悪い。勝手な都合押しつけた」

 けどな、んなこと言ったお前だって悪いんだからな!とまくしたてると、壇はポカンとして、けどすぐにカレー屋の時みたいに笑った。

「やっぱ、変わった奴」
「…はいはい、そうですかッ」

 やってられん、と背を向けた俺に壇が声をかけた。

「…俺の拳はお前に預ける」
「……、…」
「それが……この力の一番有効で正当な使い道だと確信が持てたからな。呪言花札って奴が、ヒトをあんな風に変えちまうなら絶対に放ってはおけねェ。それが―――この俺の、力の使い道だ」
「………ッ、そうか」

 壇はスゴい奴だ。
 秘宝眼をただの厄介者だとずっと思ってた俺なんかより、こいつは短い時間で有無を言わさず与えられた力をどうしたいか、それをハッキリと持っんだ。

 たとえ誰であっても、迷いない決意の瞳は俺をたまらなくさせるんだ。……ああ、ちくしょう、格好いい奴だな。
 俺もそんな目をした奴になれるんだろうか。

「わかった。無茶苦茶嬉しい。…だから、壇の思う通りに、力を貸してくれ」
「ああ。改めて、よろしく頼むぜ、千馗」
「…ああ、ありがとう。燈治」




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