2st-06 | ナノ

第弐話 六


「……蒐。宝方蒐。二年の」
「あら、珍しいわね。自分から名乗るなんて」

 飛坂が感心したように袋くん――宝方くんを見やる。しかし宝方くんはこれ以上何も語るつもりはないらしく黙ってしまった。それに少し苦笑して飛坂が紹介してくれた。

「蒐にはね、生徒会の手伝いをしてもらってるの」
「手伝いって自分から?」
「あたしが誘ったの。ウチの書記は武闘派だし、蒐の取ってくれた議事録のが全然見やすいのよ」
「へえ……」
「待て。何だ、武闘派の書記って」

 食いつく壇。気持ちはわからないでもないが、お前、俺よりここ長いはずなのに。面倒見がいいんじゃなくて、ツッコミ担当か?

「仕方ないじゃない。ペンは剣よりも強いらしいから」
「何だ、そりゃ……」
「…諺の意味をそのまま受け取りすぎだな」

 いや、でも案外、封札師の能力なら筆記用具も武器になるか。竹刀やパチンコくらいしか試していなかったが、確か試験の時に並べられた武器に筆記用具らしきものがあった気がする。
 うーん、学校とか外をうろついたら案外安上がりで武器ができたりして。

「それよりね、カード。話、してたよね。確か……花札」
「ふふ、さすが蒐くんだね。教室の外にいたのに聞こえたの?」

 逸れはじめていた会話の流れを正した宝方くんに穂坂が楽しげに言う。宝方くんはコクンと頷いた。カサカサと紙袋が擦れる。

「珍しいから。花札の話、なんて。みんな知ってる、花札。でも、誰も、ほんとの姿は知らない……」

 宝方くんは独特のリズムのまま、なのに流れるように喋り出した。くぐもっているのに不思議と聞こえる声だ。

「本来は賭博用のカードで、政府がたくさん禁止、したよ。その目を逃れるため、和歌をつけて教育用、綺麗な絵柄で観賞用……。江戸中期頃に生まれてから、色んな変遷があって、いまの形になった、みたい。禁止、廃止、諸々の網の目をくぐって歴史は、あやふや。成立も正確にはわからない。花札は、日本の闇が産み育んだ四角―――だから、綺麗。でも、ちょっと……怖い?」

 また質問。だけれど、今度は宝方くんの話が飲み込めた気がした。人のなかの鬼を呼び起こし惹き付けるカミフダ。花札の話なのになぜかそれを訊かれたようだ。
 だから、怖くない、と答えると宝方くんは「七代センパイは、つよいこ?」と首を傾げた。

「でもね、カードは色々怖い。色々…ね。くふふ」

「七代センパイからはね、稀少(レア)な匂いがする……。だからまた、カードがぼくを導く、よ。それじゃあまた。……くふふ」と最後にそんなことを言って宝方くんは教室を出て行った。見送った穂坂は「行っちゃった」と少し残念そうだ。

「それにしても、蒐が初対面の相手にあんなにしゃべるなんてね。何か、共感出来る部分でもあったのかしら、七代君?」
「…え、まさか。深く考えすぎだろ!」

 う、わ。危ねえ。
 飛坂も勘が鋭いんだよな。

「まァ、気持ちはわからないでもないけど、悪い子じゃないのよ? ちょっと人前だと紙袋被ってるけど」

 宝方くんが居るときはまるで貝のように黙っていた壇が「それが最大にして唯一の大問題だろ……」と、げんなりした様子でようやく喋った。
 まあ、確かにあれはマジで驚いたなあ、と笑ったら飛坂がじっとこちらを見ていたから笑うのをやめる。腰に手をあてて飛坂は一歩俺に詰め寄るから、俺も一歩下がってしまうと、眼鏡の奥にある瞳がすっと細くなった。

「それにしても、さっきの態度と、その反応。そうやって逃げるあたり、何か怪しいわね」
「だからッ、深く考えすぎだって」

 だが飛坂は引かない。
 それどころかますます彼女のセンサーに引っ掛かったようで追及の手を伸ばす。

「そもそも、あたしは何も聞かされていないわよ? 花札がどうとかって―――ちょっと、何逃げようとしてんのよ」

 こうなったら逃げるしか、と退路を探そうとしたのを飛坂がいち早く気付いて扉を遮るように仁王立ちする。ぐ、絶体絶命だ、と顔が引きつりそうになった。そのとき、キーンコーン、とチャイムが鳴った。

「………」
「………」

「あ、もうこんな時間。巴、早く戻らないと」

 それでも尚、硬直していた俺と飛坂の呪縛を解いたのは穂坂だった。どうも飛坂は(友達だからこそなのか)穂坂には弱いようで「仕方ないわね」と収めた。

 が、教室を出るときに「それじゃ、続きは放課後に。逃亡し(ばっくれ)たら承知しないわよ?」とおっかないことを言う。辻斬りの件を言ったのかもしれないが、俺はそれだけじゃない気がして頷くのが遅れた。

「とくにそこの二人!」
「するかよッ。とっとと自分の教室に帰れ」
「まったくアンタは、いちいちうるさい。それじゃ、また後でね、弥紀、七代君」

 ひらりとポニーテールを一度揺らして飛坂は教室を出て行った。俺は先ほどから立ち上がったままだったので席に着いた途端、はあ、とため息が出た。
 壇はチッと悪態をついて机に肘をのせた。

「ッたく、次から次へとよくもまあ色んな事を呼び込んでくれる女だぜ」
「ふふ。巴って本当にすごい行動力だよね」

 そう言われると靴跡から俺たちだと導かれた一件に身震いする。

 こ、怖! 幽霊なんかよりも生身の人間のほうが怖いってこのことだよ!

 飛坂の追及にこれから逃げ切れるのか頭を悩ませなければならないのか。思わず頭を抱えた。

「あ〜〜……自信ねぇなあ」
「七代も運の尽きだったな。あの女はしつこいぞ。生徒会長になる前からうるさかったが、輪にかけてしつこさまでついた」
「ふふ、巴は七代くんと壇くんが心配なんだよ。――いつもあんなに忙しそうなのに成績もすごくいいし。一体いつ勉強してるんだろう……。あ、そろそろ先生が来るよ。わたしたちも席につこう」

 そう穂坂が促すと連続遅刻記録を更新したとクラスメイトたちに冷やかされながら羽鳥先生が現れた。俺よりも先に出たはずなのに何故遅刻しているのかわからない。姿勢を正そうと座りなおしてポケットに入れていたカギに気づいた。

 鈴に預かってほしいと言われていた化学実験室のカギだ。…どうしよう。渡すにも教室で「先生落としましたよね!」と声をかけるのは普通なのかどうかわからない。うーんと考えている間にも羽鳥先生を目で追っていたらしい。

 羽鳥先生が俺に気づいて少し困ったような笑みを浮かべた――う、確かに気まずいけど一応、ヘラっと笑っておく。

 くそう、玄人なら上手くやれって羽鳥さんに言われたことが今更ながらに大変なことだと気づいた。あの秋の洞が学校の地下にあるから今度も出入りするだろう。下手打って焼却炉のことを周囲に気づかれたら俺が羽鳥先生のところで暮らしていることまで芋づる式になる可能性も―――もしかしなくても俺ってかなり気をつけないといけないんじゃないか。

 結局、午前中の授業はバレてしまって学校で白い目で見られる自分を想像することに費やしてしまった。