2st-05 | ナノ

第弐話 伍


 飛坂は昨日のことを追及しに来ただけではなかったようだ。にしても話題を変えてもらえたのは何よりではあるが、事件の途絶えない学校だ。

 そりゃあ、飛坂の学校に対する熱意は買っているが、そう次から次に持ち込まれるとあまりいい反応はできない俺だ。しかし壇は「何だよ、また何か起きたのか?」と律儀に訊ねた。

 うーん、面倒見のいい奴。
 飛坂も壇のこういうところを見込んでいるのかもしれない。ひとつ頷くと「実はね、昨日の夜なんだけど」と切り出し、

「辻斬りが出たらしいの」

 と言った。

 ……何だって?

 予想外の内容に「何だそれ」と俺は思わず言ってしまい、飛坂に「だから辻斬りよ。知らない?」と真面目に問い返されてしまった。いや、知ってるよ。

「武士が無差別に通行人を斬るやつだろ。切捨て御免!ってな感じで」
「何処の知識よ……。でも、ま、ちゃんとわかってるじゃない。大方それで正しいわ」
「…けどよ。そいつはまた、随分と時代錯誤な話だな」

 俺たち――というより、一般生徒――が関わっていいような話には思えない。

「そんな……襲われた人は大丈夫だったの!?」
「まあ、大丈夫……とは言えないけど、得物自体は刃物じゃないみたいでね。狙われた人は必ず一撃で利き腕を折られているの」
「一撃、ねェ」
「しかも利き腕か…」

 そんな芸当が単なる通り魔に出来るわけがない。どれだけの修練を詰めば可能になるという話だが、それだけの技を修めた奴がやるわけもない。

「………」
「………」

 壇と目が合った。
 喧嘩馴れしている壇は俺よりも確信めいたものを感じているのか……なら、調べないわけにはいかない。俺が頷いてみせると、壇は飛坂に言った。

「けど、ようは単なる通り魔だろ? 大人しく警察に任せた方がいいぜ。―――なァ、七代?」
「そうだな。警察の方が俺たちよりよっぽど通り魔に通じているだろうし」
「ああ、日本の警察は頼りになるからなッ。という訳だから、飛坂、お前は首を突っ込むな」

 見事な連携プレーを披露した俺たちに飛坂はじとっとした視線を返した。

「とか言って、自分は辻斬りの正体を確かめに行く気でしょ。喧嘩馬鹿(アンタ)の考えてる事くらいお見通しなのよ」

「……読まれてるぞ、壇」
「七代のフォローがなってねェからだろッ」
「おまっ…自分が大根なのを棚上げしたな!?」

「うっさいわよッ!」

 ぴしゃりと言われて黙った。
 なんだよ、俺のせいじゃねえんだからな。

「もちろん、被害届は出てるから警察も動いてるわ。だけど、あたしには黙って見てられない理由があるの」

 飛坂が見過ごさない理由。
 壇が道理を一本筋に通しているなら、飛坂にとって第一は鴉乃杜學園だ。穂坂が「それじゃあ、もしかして……」と言うと、一際沈痛な面持ちで飛坂は答えた。

「そう。襲われたのはすべて鴉乃杜(ウチ)の二年生―――それも全員、剣道部なのよ」
「剣道部、だと……? 長英は―――部長はどうした? まさかやられたんじゃねェだろうな!?」

 それまで冷静に聞いていた壇の一変して食ってかかるような態度に俺は驚いた。しかし飛坂はそうなると心得ていたらしい。

「宍戸君なら無事よ。さっきも対策会議にはちゃんと来てたし。ただ、ショックなのはわかるけど、部長なんだからもう少ししっかりしてくれないとね」

 壇は一応安心はできたのか髪をくしゃりと掻き上げて一息吐いたが、「長英はいざってときに脆いところがあるからな」と苦い顔をした。

「そもそも、部長なんかにゃ向いてねェんだよ、あいつは」

 その部長の宍戸長英くん、細やかな神経しているんだろうか。飛坂と壇の言葉から俺のなかでちょっと儚げな少年が浮かんでしまった。そして壇は宍戸くんとは知り合いのようだ。

「壇くん……。もしかして、剣道部の部長さんのこと、よく知ってるの?」
「あァ……まァ、ちょっとな」

 言いにくそうに首の後ろを撫でた。飛坂は一先ず落ち着いたと判断して中断していた話を再開させた。

「それからもう一つ、警察だけには任せておけない証言があるのよ」
「まだあるのか」
「聞いて。……被害者は一様に犯人の顔をよく見てないらしいんだけど、凶器については、全員が同じ事を答えたわ」

 凶器がわかっている?
 なら、犯人の特定だって何も難しい話じゃない。そうは思ったが、飛坂の言葉を待った。
 
「得体の知れない紺色の長物、それから―――」

 そして、確信に至る。

「―――菊の花片」
「花片……?」
「………」
「………」

「どういう事か、いまいちよくわからないんだけど、とにかく菊の花を見たって。けどこんな証言、警察がまともに取り上げると思う?」と言っていて飛坂は首を振る。確かに犯人が誰かまでは特定できないが、

「菊の花……。七代くん、これって―――」
「ああ、俺も穂坂と同意見だぜ。花札……かもな」
「花札?」

 頷きあう俺たちに飛坂が眉を寄せた。

「あ、いや。ちょっとな」「ふうん。まあ、いいけど。あ、でも、カードの話なんてしてると、……来るわよ」
「―――!! マ、マジかよ……。噂だけで、俺は一度も遭遇した事はねェが……」
「――何が?」
「あ、わたしはあるよ」
「だ…だから何がッ?」

 飛坂の含みのある言葉に一人、意味がわからずおののく俺に「いや、俺も詳しくはわからねェ…」と壇は首を振る。飛坂は「まあ喧嘩馬鹿には縁なんてないでしょうね」とこれまた要領が得ない。

 一縷の希望を持って穂坂を見やれば、ニコニコと「あのときは確か、トランプで誰かが占いとかしてたかな」と言った。俺が穂坂の話を聞いている間も、壇はキョロキョロと辺りを見回している。

「あ。他には、定期とか、お店のポイントカードの話なんかでも―――」
「お、おい、穂坂ッ。そこら辺にしとけ……―――!! 七代……う、後ろ……」

 ………え?

 う、う…うわあああ! やめろよッ。そんなベタな何かいますよ〜的な発言すんな!

 ドッドッドッと心臓が馬鹿みたいに早鐘になって、背後に神経が過敏になってゾワゾワする。思いっきり叫びたいのに怖くてそれすらできない。

 しかし、このまま動かないともっと怖いことが起きそうな気がしてならない。そして、意を決して俺は振り返った。


「――…あれ?」


 後ろには誰も居ない。居ないじゃないか。何だよ、驚かせやがって!と壇に怒鳴ろうとしたら、

「……くふふ。そっちじゃない、よ」
「はい?」
「……来たよ?」

 頭部が四角の人がすぐ隣に立っていた。

「う、うわあああああああッ!?」
「ぎゃああああああああッ――ガッ、ぐはっ!!」


 ガンッ、バタンッ


 叫び声を上げた壇につられた俺は自分の椅子と言わず机ごと後ろからひっくり返った。ハデな音をぶちまけて倒れたついでに後頭部を机の角にぶつけた俺は、ぬあああああ!と今度は痛みで叫び声を上げてのた打ち回った。
 涙目になる俺に「……大丈夫?」と声がかけられる。

「あ、う……だ、だいじょうぶッ!? ぐはあッ! 〜〜〜〜くぅうううう……!」
「七代くん!?」
「…お、おい。本当に大丈夫か?」

 度アップで四角の顔を拝むとは思わず、再び驚いた俺は額を倒れた机の脚にぶつけた。あまりにもと言えばあまりにもすぎて穂坂と壇が気にかけてくれた。

「ハァ…アンタたち、驚きすぎ。いくら何でも失礼よ。ちゃんと人間よ、人間。ほら」
「四角い、お導き……あったよ?」

 椅子と机を起こしながら飛坂の隣を見ると、四角の頭部――ではなく頭をスッポリと紙袋で覆った男子生徒が立っていた。細い、悪く言えば貧弱そうな身体に対して頭部を覆う袋の印象は強烈だ。手元にはそんなひ弱そうな見た目には似合わないずっしりとしたファイルを抱えていた。

 そして袋には一応見えるように目の部分には穴らしき切れ込みがある。が、口元は一切見えず、袋のなかでこもった声で袋くんは話し出した。

「転校生の、人。名前は知ってる。七代千馗。それで、七代センパイは、四角い?」
「……え、四角? …し、四角…なのか?」
「俺に訊くなッ」

 痛みを一瞬忘れる――わきゃなかったが、袋くんの質問にはびっくりした。面白いことなんてちっとも思い浮かばない。
 頼みの綱にすらすげなくされてしまった俺に袋くんは「くふふ」と独特な笑い方をした。