1st-13 | ナノ

第壱話 拾参


 とにかく隠人を倒したので扉を開けよう、と向かったのだが開かなかった。
 穂坂が「これは正解じゃないってことなのかな?」と言うと「つっても、この土器以外に目立ったものはねェだろ?」と、壇は周囲を見回す。俺もそれは同意見だ。この区画の先に進むには土器を移動させるのが正解に違いない。

「もしかしたら順番が違ったのかな」
「並べる順番か? そんなの何通りあるんだよ。別に順番や目印が――」
「それだ!」
「は?」

 向かい合うように並べられた二組の土器のうち、一組の土器は偶然か紅い紋の描かれた面が通路側で向かい合っている。だが、もう一組はてんで同じ方向を見ていない。それを向き合わせることで解除されるのではないか。

「なるほどな。じゃあさっそく動かそうぜ」
「ただ一つ気になるのが、この土器を向かい合わせたら隠人もまた出るんじゃないかってことだ」
「そっか。あのときは、七代くんが土器を並べたときに出てきたんだよね」
「だから向かい合わせるときには三人一緒でいよう。俺が動かすから、壇は背中を頼む」
「ああ、まかせとけ」
「穂坂は…」
「回復なら任せてね」
「うん」

 手前の土器を動かしにかかる。

 一つ目を通路側に動かしてから三人でもう一つの土器へ移動する。俺と壇の間に穂坂を挟むかたちで陣形をとった俺は二人が頷くのを見て土器を回すとカチッと音がすると予想通り先程の隠人たちが出現した。
 そして今度は難なく隠人を倒すことができて俺たちは扉を先へ進んだ。





 先の区画では隠人も罠もなく、下へ続く梯子を下りた。
 下層は区画ではなく細い一本道がのびていたので進むと、すぐ傍で堂をまた見つけた。しかも、これは風穴のなかであった特殊な堂だったから俺は鏡に触れていた。全身に力が戻るのがわかる。穂坂の力で怪我は治っていたが、札を使ったあとの独特の疲労感までは治らない。
 それがこの特殊な堂に行けば元に戻るのだからやはり不思議だ。壇や穂坂にも効果を説明してやってもらうと二人とも回復するのを感じたようだ。

「隠人っていう怪物もわかんねェが、こういうのもあるのも不思議な話だよな。あ、不思議ついでに気になっていたんだけどよ、あの家みたいなのが並んでいたあの部屋の像…」
「粟木の像か?」
「あ、わ…?」
「粟木。粟は日本が稲作を始める前に栽培をしていたもので、当時は重要な食糧だったんだ。あの竪穴式住居に粟木の像があるのも栽培っていうことじゃないかな」
「七代くん、詳しいんだね」
「ああ。…牧村と話が合いそうだな」

『坊、その扉の先に強力な気を感じやす』

「……」
「どうした、七代」

 壇に問われる。
 鍵さんに言われたようにピリピリとする気配を感じて俺は一息吐いてから「この先に何かいる」と告げた。「隠人か?」と問われて「わからない」としか答えられない。
 だが、俺たちがもともと此処に至ることになった原因をまだ一度も見ていないのだがら、それがこの先にいる可能性はある。

「あの白い奴か」
「そういえば、この地下に入ってからは一度も見ていなかったね」
「…隠人かもしれないけどな。それでも、さっきまでより苦戦になると思う」
「そうか…。けど、俺は帰らねェぜ。ここまで来たんだ。大物を前に敵前逃亡はなしだ」
「私も、七代くんと壇くんと一緒に行くよ」
「ホント、壇も穂坂も結構頑固だな」
「つまんねーことをお前が訊くからだろうが」

 苦笑して堂で治ってしまった頬に触れた。
 そうだよな。答えはあの時に聞かせてもらえた。
 俺はもう二人に訊き返すことなどせず、目の前にある扉を開く。

 果たして予想通りというか、焼却炉で見た白いやつだ。
 だが、遠近感云々ではなくそれはかなりの大きさで俺達を待ちうけていた。あの時は遠目でよくわからなかったが、薄っぺらい人型のような姿をしている。紅葉が四方から風で吹き荒れるなかを漂っているそれの周囲からずずずっと隠人が現れる。遮光土偶もどきと、紅い勾玉の姿でふわふわと浮いている奴だ。

「へッ、七代の読み通りじゃねェか!」
「隠人もこれも出るなんて嬉しくねえけどなッ! 穂坂は壇と一緒にいてくれ」
「うんッ」

 二度目の戦闘で見つけた遮光土偶の弱点である発光部分を松の屑で強化したパチンコで狙う。
 当る度にくるくると回っては壊れていく遮光土偶がちょっとおかしいと思うが、そんな気持ちを吹っ飛ばすように白いやつがびゅるるんっと白い腕を叩きつけてきた。間一髪避けてパチンコで攻撃するがあまり効果がない。隠人の情報を上乗せしていくのがいいのか!?

「ッしゃ! 七代、この勾玉みてェな奴はデカイのが弱点だ!」
「OK!」

 白いやつから距離を離しながら俺は壇に言われたとおり、勾玉の本体を狙い撃ちにする。
 カランカランと音を立てて土に還って行くから楽だが、問題はあの白いやつだ。ひらひら、ふわふわしやがって狙うのにも少し苦労する。デカイ一撃を加えられたら、と考えあぐねていると『なんじゃ、騒々しい…』と寝起きのような声が頭に響く。
 花札の番人だという白だと気付いた俺は白に簡単に事情説明する。

『なるほど、しかし主殿の力ならば札から必要な武器の情報を取り出すこともできよう』
「札から武器?」
『呪言花札に蓄えられた情報は、現世に影響を及ぼす。隠人と同じじゃ。波長が合うものさえあれば形を変えることも造作もないわ』

 波長がって花札は全部で四十八枚。そのうちの四枚しか持っていないのに、それのどれかが俺の持っているもの――パチンコと波長が合うかどうかなんて確率が低すぎる。

「つっても、今はやるしかねえか! 壇、時間稼いでくれッ! 穂坂はこっちに!」
「…ああ! まかせとけ!」

 壇の繰り出す水流が白いのを退けている間に俺はパチンコから松の屑札を剥がす。
 駆けよってきた穂坂が「どうするの?」と訊いてくるので、武器を強化したいと伝える。

「上手くいけば、だけど」
「七代くんなら大丈夫だよ」
「…ありがと」

 まず萩の屑札を貼り付ける、が違う。あと二枚。このどちらも俺の持っている気力を激しく奪う。これで失敗したら二人に危険が及ぶ可能性が高くなる。けど、そうならない可能性だって消えてない。
 俺は柳に燕を貼った。ぐんっと負荷がかかるが、パチンコに何ら変化はない。

「…これで最後だ」

 頼む、と念じて菊に盃を貼ると――札から光が溢れてパチンコを包み込み、形を造る。
 俺の目の前に現れたそれはパチンコと比べるとずっしりと重いものだった。横倒しにされた木製の翼に弦が張られ、剥き出しの大きな矢が収まっている。銃のように引き金を引く要領の《弩(いしゆみ)》だ。
 これが札にあった情報を具現化するということ。札で武器を強化するのとはまるで違う。

「すごいッ…」
「これなら威力ありそうだな!」

 重いそれを俺は白いやつに向けると、壇に「離れろ!」と声を張り上げる。
 壇は俺の手元を見ると少し驚いた表情をしたがニッと笑うと素早く距離を取った。白いやつは俺に気付いて突進してくる。それを俺は十分に引きよせてから引き金を引いた。

 ドッという音がしてそれまで礫を弾いていた白いやつは弩から発射された矢に貫かれて後ろに吹っ飛ぶ。
 勢いも大きく、矢はそれを巻き込んだまま壁につきささる。バタバタと逃れようとするのを俺は磔(はりつけ)にするように何本も矢を討ちこむ。
 しかし俺の気力も矢が十を数えるころに力尽きて、弩から札が分離して落ちる。一方壁に磔にされ、穴だらけになったそれはくたりと力なくうなだれて消えた。

「ハァ…ハァ…!」
「どうにかやったみてェだな」

 壇がへばっていた俺の腕をとって起こしてくれた。
 穂坂がその反対を支えてくれて「うん……。消えちゃったね。結局あれって何だったのかな」と俺と壇の顔を見上げる。壇はしばし熟考したあと、「本当にあの白って奴の仲間じゃないんだろうな」と俺に訊いたが、それに俺が応えるよりも早く「ふん。聞こえておるぞ、童」とくぐもった白の声がポケットからした。
 俺がポケットから白札を取り出すと、それはあの白い鴉に転じた。

「あれは断じて呪言花札などではない。じゃが、あれの纏っておった《氣》……。何やら覚えのあるようなないような……」
「何だよ。偉そうな口利く割に肝心な事はさっぱりだな」
「仕方あるまい。目醒めたばかりでまだ感覚が追いつかぬ。まったく何処ぞのろくでなしめがまたぞろ封印を解きおって」

 憤慨したような声に穂坂が「封印……?」と首を傾げる。

「もしかして、あなたはずっとここで眠っていたの?」
「……わからぬ。恐らくは封印が解かれた際に、何かの力に惹かれてここに飛ばされたのじゃろう。だがいつの世も、妾は主となるべき者の力によってしか目醒めぬ。それだけじゃ」

 封印ということは、呪言花札はその危険性が知られていたものなのか?
 確かにさっきのパチンコがあんな武器に変化するなんて思わなかった。白の口振りだとここに居た経緯については知らないようだが、番人なら花札自体のことは知っているはずだ。それを訊きたいと思ったが、鴉は紫色の瞳を俺たちに向ける。

「とはいえ、主も消耗しておるじゃろう。今日のところはこのあたりで引き上げるとしようぞ」
「そうだな。あの白いやつの正体まではわからなかったが、ここらが潮時ってやつだな」
「うん、戻ろう」




拾四