1st-12 | ナノ

第壱話 拾弐


「が―――!!」

 強い光に目が眩み、脚が焼ける。
 痛みに声が出ない。しかも勢いを取り戻した隠人の一撃を受け止めて更に激痛が走った。

「なんだ、あの宇宙人みてェなやつ」
「機械っぽいけど、土偶…? あ、壇くん!」
「穂坂は隠れてろよ!」
「馬鹿、来るなッ!」

 俺は咄嗟にそう叫んだが、壇はすぐに躍り出ると俺に斬りかかろうとしている隠人に殴りかかる。俺は隠人が背負っている巨大な刀剣で壇を迎え撃つかと思ったが、隠人はあろうことかもう一つの剣を使いもせずに退いた――いや、退くしかなかったのか? あんだけでかい武器を。つまり。

「! 壇、避けろ!」
「うぉッ!!」

 地面が溶けた。溶け――溶けたってオイ。やばい、俺、自分の脚は見ないでおこう。
 ビームみたいなものを発射した方を向くとなるほど。穂坂たちが言ったように、宇宙人のようなメタリックなフォルムをしていて先端は光っている。なおかつふわふわと浮いているが、間違いなく遮光土偶だ。
 危うく避けた壇が俺のところへ来る。

「おい、弱点見つければすぐに倒せるんだろ。…便利な目を持っているんだから」
「んな便利なものなわけないだろうが! だけど、あっちの隠人には見当をつけた」
「…なら、時間稼げば倒せるんだな?」
『坊、札を使って時間稼ぎをする手もありやす』

 鍵さんに言われてポケットからもう一枚の札を出す。
 菊に盃、柳に燕は情報量が大きすぎて俺には扱えない。しかし萩の屑札なら。

「壇、あいつの注意をひきつけるだけでいい。いいか?」
「注意だけって…」
「だけでいい。――行くぞ!」

 壇が遮光土偶もどきの前に躍り出る。隠人はそれに引きつけられるように身体の先端部分を壇に向けるのを視界にとらえて、俺は札を籠手に嵌めて隠人のすぐ傍に配置すると、淡く光が地面から発した。
 確認する暇もなく俺はパチンコを取り出して構える――狙うは、背負われている刀剣!

 あああぁッと刀剣を当てられた隠人が苦しむ。今までほとんど苦しむ様子のなかった姿からは想像できない苦しみように、俺は容赦なく刀剣を狙い続け、そして隠人は土くれに戻って行った。あとは壇を助けるだけだ。そう思って向かおうとした俺は唖然とした。
 札の力で隠人はそれ以上その場から後ろへ後退させられつづけ、壁にぶつかっては見当違いの方向にビームを発射していた。それは俺が札を配置したときに予想した姿で、あとは壇の速さなら数秒程度避けられると思っていたのだが、

「うらぁッ!!」

 壇が拳を繰りだした瞬間、生みだされた風に水が纏い隠人を直撃する。
 ドォンッと隠人は再び壁に叩きつけられると故障したようにギギギッと悲鳴と煙を上げて地面にぶつかると消えてしまった。

 う、ウソだろ? これが札に憑かれた力だって?

 穂坂の癒す力にはただ感心だけだったが、壇の力はそれとは違う。武藤だって拳出しただけで水流が出るなんてことはなかった。今更に思う。とんでもない事に巻き込んでしまったのではないのか。
 放心状態になってしまった俺に『終わったようですね』という鍵さんの声もどこか上の空で、馬鹿みたいに壇の背を見てしまう。すると壇はこちらを振り返って坂を下りてきた。

「穂坂、もう大丈夫みてェだぜ」
「うん。壇くんは大丈夫?」
「ああ」
「よかった…。じゃあ、七代くんの脚を治すね」

 穂坂が俺に駆けよってくるのを壇が「ちょっと待ってくれ」と制止した。
 壇は俺の目の前まで来ると「お前、怪我したのは脚だけか?」と確認してくる。少しの間とはいえ、今まで話しかけられなかったから面を食らって俺は頷くしかできなかったが、壇はそれでも構わなかったらしい。頷く壇を見据えた瞬間、俺の身体は吹っ飛んだ。

「七代くんッ!? だ、壇くんッ。七代くんは怪我して…」

 殴られた頬が熱い。頬を殴られたのに頭まで響いてぐわんぐわんする。口のなかも少し切ってしまったのか鉄分の味が広がった。なんとか起き上がろうとした俺はぐいっと襟首を掴まれて上体を起こされる。目の前に壇の顔があった。

「七代、なんでお前は俺たちに助けを求めないんだよ」

 静かな怒りを秘めた瞳に俺は口のなかの痛みのせいだけでなく声がすぐにでなかった。
 だけど俺が言えるのはこれしかない。

「なんでって…お前らは一般人じゃねえか」
「馬鹿にしてんのか! そんなこと言ってんじゃねェ!」

 また殴られそうなくらいに怒鳴られたが、壇は殴りはしなかった。
 しかし襟首を掴む手に力がこもるのがわかる。

「ここに来るって決めたのは俺たちの意思だ。だから、札に憑かれたのも俺たちが責任を持つことだ。自分のせいみたいに言いやがって……お前に守られようなんて思ってねェんだよ! さっきのもそうだ。お前、俺に注意を引きつけるだけでいいとか言いながら、それだけの信用もしていなかったってことだろ! 違うかッ!」

 勝手なこと言うな。信用なんて問題じゃない。俺はお前らと友達になりたい。
 人と違うからとハブかれ続けた俺を受け入れてくれそうなお前らに怪我させて嫌われたくなんてない。

 そう言いたかったが、言えなかった。そんなのは俺の我がままで、確かに壇や穂坂を信用していなかったことに他ならない。唇を噛み締めて反論できずにいると「…七代くん」と穂坂がしゃがんで俺の怪我した脚に手を添える。あたたかい光の粒子が集まって傷口を塞いでいく。

「私たちは確かに七代くんの足手まといになっているかもしれない」
「……別に…そんなことは」
「だけど、壇くんの気持ち、わかるの。七代くんがここに来た目的と、私や壇くんがここに来た目的は違うかもしれないけど、私も壇くんも七代くんと友達だと思うから助けたいって思うんだよ。助けられるばかりじゃ嫌だよ。やれること、やらせて――私は戦えないからこれだけしかできないけど」

 壇の痛いほど厳しい言葉に続いて、穂坂の優しいけど揺るがない言葉に涙腺が緩む。
俺は一人で戦ってる気になっていたんだ、初めから。あの、武藤と雉明と一緒に戦ったときでさえ。俺は誰かがいてくれてよかったと単純に思っていたけど、一緒に戦っていた二人はどうだったのだろう。
 二人がいたからがむしゃらに戦えた。けどそれは一緒に戦っていたんじゃない。

「ごめん。俺、ホント駄目だな。二人に心配かけさせて。…ごめん」

 最後のごめん、はここには居ない武藤と雉明に向けていた。
 ああ、情けねえ、と熱くなった目を擦ると「あ、ほっぺたも治さなきゃね」と穂坂が頬に手を伸ばそうとしたのを見て俺は「いい。大丈夫だ」と断った。この痛みは簡単に引いてほしくないと思う。

「っと――…穂坂、ありがとう。ついでに壇も」
「ついでかよ」
「これの借り、いつか返すからな」

 殴られた頬を擦ると壇は「へっ、勝負ならいつでも受けてやるぜ」と不敵な笑みを返した。
 制服についた土埃を叩いていると『いいお友達をお持ちになりやしたね』と鍵さんに言われて、二人を見る。うん、本当にそうだ。こいつらだから俺のことをこんな風に居てくれるんだ。
 じっと二人を見ていた俺に、壇が怪訝な顔をする。穂坂も「どうしたの?」と首を傾げた。

「なんだよ?」
「…いや、お前らと会えてよかったなって思ってさ。俺、二人とも大好きだよ」
「はあ!? お、おま…」
「七代くん…」

 びっくりした顔をする二人。何かと反応が大きい壇だけでなく、穂坂も目を丸くして驚いている。

 え、何、何か変なこと言ったっけ?

『ぷっ…これは、これは。坊はなかなかの食わせ者らしい』と鍵さんに笑われた。
 意味が分からん。




拾参