1st-11 | ナノ

第壱話 拾壱


 ここって本当に地下なのか?
 何度目かわからないが、そう疑いたくなるほどに立派な竪穴式住居の中にある石造りの箱から花札を一枚見つけた。萩の絵が描かれている屑札だ。

「お。花札、見っけ」
「さっきのところで見つけたのが松の絵柄だったね」
「案外さくさく見つかるもんだと思わなかった、…な。……」

 俺の見た先には不機嫌な顔の地蔵が一体。う、気まずい。だけど何を言えばいいのかわかんねえ。
 跳んで移動する区画で俺と穂坂が下層に落ちて生還してから壇の機嫌は急降下したままだ。そりゃあ、穂坂をちゃんと支えられずに間抜けにも落ちた俺は悪いと思う(しかも隠人まで出た)。だから穂坂は勿論、壇にも謝ったのだが、壇は厳しい顔をしたままムッとしている。
 下層から梯子を上がって、紅葉並木の区画を経由して戻ったときの壇の表情――驚いてそれから苦い顔していて――これって喧嘩なのか? 喧嘩のおさめ方なんてわかんねえよ。拳使った喧嘩以外したことねえから勝手がわからん。

「…七代くん。身体、痛い?」

 悶々考えて停止していた俺に穂坂が心配そうに見上げて来る。
 慌てて俺は首を振った。落下したときやさっきの戦闘では六体の隠人を相手取ったから怪我もしたが、穂坂が文字通り治してくれたおかけで大分楽だった。それが白の言っていた「札より得た力」という奴らしい。

「不思議な力だよな」
「ふふ、七代くんとおそろいだね」
「お、おお。おそろいだな!」

 う、うっかりときめいた。武藤にときめいたり、穂坂にときめいたり――俺って節操無しなのか。
 いやいや男なんてこんなもんだよな、ともう一人いる男を見て、ずんっと落ち込んだ。穂坂も壇の様子を見て困ったように俺と壇を交互に見る。そうですよね、俺と壇が喧嘩してるように見えるよな。でも、謝るところが分からず、ほとぼりが冷めるのを待とうと集落の間から先へ進もうとして足を止めた。
 なんだか、ものすごいオーラっぽいのが見える。

「どうしたの? 七代くん」
「いや、この像の周りに」
『坊、触れてはいけやせん。そいつは《龍気の柱》だ』

 鍵さんの声に俺は触れかけた手を止めた。
 このまま放置して先へ進めないだろうか、と鍵さんに訊ねると『それは無理でしょうね』とすんなり返ってきた。

『扉が何らかの仕掛けで施錠されているようだ。謎解きをしないと先へ進めません。これ以外に謎解きをできるようなものもないようですし』
「じゃあ、これを解除する方法は?」
『…ここの何処かに《龍気の柱》を操るための《操脈珠》があるはずです。坊ならそれを操って退けることができるでしょう』

「七代くん言われて気付いたけど、そこの…粟の木? かな。…何だかバラバラだね、壇くん」
「…そうだな」

 そっけない返事。

「………」

 ちくしょう、何だってんだ。俺が悪いにしても懐の狭い男だな!
 いや、穂坂に気まずい思いさせてるって分かっていて、ほとぼり冷めるまでとか思っている俺も充分嫌なやつだよな。俺は二人の気配を知らず探りながら他の竪穴式住居を調べて行くと、円形に窪んだ地面の中心にさらに梯子のかかった縦穴がある。「竪穴に縦穴」……うん、面白くないな。やめておこう。

「梯子があるからちょっと見てくる。待っていてくれ」
「え、でも…」
「大丈夫、大丈夫」

 ひらひらと手を振って俺は縦穴を下る。
 少し入り組んだなかを進んでいくと台座にきちんと飾られた珠があった。黒みがかった不透明な珠が鍵さんの言っていた《操脈珠》らしい。

「……」
『何をなさってるんで?』
「いや、レバーか何かがあるのかと…」
『ふふっ…まさか。坊が触れればいいんですよ』
「それだけ?」
『坊のようなお人にしかできやせんがね』

 何だか買い被られているような、からかわれているような。
 半信半疑に珠に触れてみると、ぼっと珠のなかに黄色の炎が灯った。が、俺には何か変わったとはわからず、いそいそと上に戻ると《龍気の柱》が綺麗になくなっていた。

「七代くん。大丈夫だった?」
「うん」
「えっと。何をしていたか、訊いてもいい?」
「その像の周りにあった《龍気の柱》を消すための仕掛けを動かしに行ってたんだ」

 伝わるかな、と俺は思いつつ《龍気の柱》に囲まれていた粟木の像を指差すと、穂坂は納得したように「あれだね!」と言うものだから俺は面食らった。俺が下にいる間に二人で色々調べているうちに、一つだけ近づけない像があると気付いたらしい。
 不自然に向きの違う像は動くものがあり、そこからこれらを揃えるのが正解なのではないかという結論に至ったという穂坂に俺も同意して、四つある粟木の像を向かい合わせるように俺は残りの一つを動かすと解除される音が鳴った。

「あ、今、カチッって鳴ったね」
「よし。扉が開いたみたいだ」

 行こうぜ、と言いたかったが、バチッと壇と目が合って口を閉じる。
 なんだよ。まだ怒ってんのかよ。段々俺もイライラしてきて、知るかって思うようになってきてそのまま次の区画に進んだ。

 今度の区画は少し細い道を抜けると緩やかな坂になっている広い場所に出た。
 坂を壁にするように土を抉っている一本道の奥には先へ進むためであろう扉がある。その道を挟むようになっている坂に左右二つずつ大きな縄文土器が置かれていた。とりあえず扉を開けようとしてみるが、びくともしない。

「これも何か仕掛けがあるのか…」
「あ。台座みたいなのがあるよ」
「ってことは、それぞれの台座に土器を移動させればいいんだな」

 だけどちょっと穂坂に手伝ってもらうには重いかもしれない。けど、壇はまだ機嫌悪いみたいだし――仕方ない、俺一人でするか、と手伝いを申し出てくれた穂坂には「大丈夫だから」と言って俺はいそいそと土器を台座に移動させていく。そして最後に左奥の一つを台座に移動させた瞬間、カチッという音と一緒に『坊!』という鍵さんに呼ばれた。
 ぶくりと地面が盛り上がるのを見て、俺は竹刀を引き抜いて壇たちのところに走り出した。土器を移動させたことがスイッチになって隠人が現れたのだと俺は竹刀を振り上げる。

「でいやッ!」


 ガキィンッ


「なっ…!」
「七代くんッ!」

 竹刀を何かで弾かれて俺は飛びのき、隠人を見すえると弾いたものが揺らめく。
 その隠人の姿はいままでになく人の姿に近い。黒ずんだ肌に朱色(あけいろ)のラインが走り、青い衣を纏った女性型の隠人は髪を巫女のように結わえているが、そんな神聖さなどまるでぶち壊しにした青銅で造られた大小違う刀剣が鈍く光っている。

 つか、何、あの後ろにあるデカイ剣! あんなのでやられたら真っ二つじゃねえか!

「ちょっ、え。人もいたのか!?」
『坊。あれは人を取り込んで生まれた隠人じゃありやせん』

 隠人は好戦的な笑みを浮かべると斬りかかってくる。
 それを竹刀で受け流すが素人の俺では限界が出て来るのが見えるくらいに隠人の動きは機敏だ。それにどう見ても人じゃねえか、と鍵さんに悪態を吐くと『おそらく人の身につけていた道具の情報で構築されているはずです。人の姿は目くらましにすぎやせん』と諭される。だが本体(おそらく弱点)を見つけるまでに俺の竹刀の方に限界がきたらパチンコだけで応戦できない。

「くそ。距離を取った方がいいに決まってるけど、あっちの方がスピードがある」
『坊、先程の札のなかに“冬”の気をまとったものがありますね。封札師なら札で武器を強化できるはずです。向こうさんは“秋”の属性だ』
「冬…冬…。松の屑札か!」

 確か花札にはそれぞれ十二の月に分類される。
 菊に盃は九月、柳に燕は十一月。萩の屑札は八月だ。冬に分類されるのは一月の松しかない。迫りくる隠人が斬りかかる寸前、俺はポケットから出した札を竹刀に憑けて迎え撃つと攻撃を弾き返すことに成功した。
 あとは、あとは弱点を衝くだけだ。だけど、何処だ。

「七代くん! 後ろッ!」
「七代ッ!」




拾弐