杖のあった部屋を後にし、先ほどの部屋に戻ると伊佐地センセの通信がまた入った。 『《隠者の刻印》を得たいま、お前たちは、より有効にカミフダを使う事が出来る。まずは、カミフダを使って道具を強化する技だ。装備品にカミフダの持つ情報を付加する事で、飛躍的に威力を上げる事が出来る。次にカミフダを使って結界を張る技だ。カミフダの情報を大地に伝え任意の範囲に効果を及ぼす事が出来る』 「つまり、このカミフダで出来る事は……」 「装備品の攻撃力を上げる事。あとは、カミフダ自体を行使することによる防御力の強化ってことか」 『そうだ。ただし、カミフダの範囲には限界がある。巨大な力を行使すればそれだけお前たちの精神力の疲弊や疲労に繋がる。使うにもよく考えろ――――これで、お前たちは封札としての基本的な全てを学んだ事になる。残すは、最後の試練だけだ。最奥部にいる隠人を倒し、カミフダを取って戻って来い。健闘を祈る』 プツンと通信が切れる。 「次が、最後の試練なんだね」 「ああ。これが終わったら何食うか決めとかないとな」 奥の扉の方に向かう――この先が最奥部だ。 「あたしは…赤ウィンナー、食べたいなッ」 「弁当の定番だよな。タコとかカニとか……懐かしいなァ。雉明は?」 「おれ…? おれは……そうだな、総菜パン、に興味がある」 「総菜パンっていうと―――学生の定番だと、やっぱそこは焼きそばパンに限るな! クソッ、腹減ってきた…」 「あははッ」 武藤の明るい声と雉明の静かな――今ではのんびりと聞こえる声が緊張をほぐしてくれる。 《隠者の刻印》を得た今、てのひらから伝わる奥の気配が最初より強く感じる。雉明が止めた意味も今ならよくわかる――だけど、こいつらと一緒なら最後の試練も大丈夫だ。試練に対する恐怖より後ろにいる二人の心強さで高揚感が勝る。開けるぞ、と俺は二人に声をかけて扉を開けた。 ふしゅぅううううっ そこには今までとは比較にならない巨大な隠人が待ち受けていた。 巨大な黄金色の蛇――日本の神話に出てくるヤマタノオロチという八又の大蛇が浮かんだ。こいつは頭が一つだが、いるとしたらこんな姿に違いない。 「ははっ…マジで大物が待ち受けてたな」 「それだけ、じゃないみたいだね。さっきのトカゲとコウモリもいる」 今はまだオロチとの距離はあるが、いずれ攻撃の射程内に入ることだろう。 八つの木造の柱のうち、一本からオロチを覗いた俺はパチンコを構えるが――射程内より遠い。 「…クソッ、近付くしかないか。あんなの、懐に飛び込むのにもやっかいだ」 舌打ちした俺に雉明が口を開く。 「七代。きみの武器にカミフダの力を乗せれば攻撃も効くだろう」 「でも、あんなのすぐには倒せないよ!」 「ここには他の隠人もいる。それを倒していけば、情報の断片をカミフダが吸収してそれ以上の力を引き出すことができるはずだ」 途中にあった沢山の隠人が出て来る区画で確かに、隠人の情報の断片を吸収したあとの威力は強化されていた。雉明の方法が一番妥当だろう。 「わかった」 「…うん。じゃあ、蛇のほうは任せて! 時間稼ぎくらいならできるはずだから」 「武藤、無茶は――」 「ちがうよッ。無茶はしない……だって、この後、みんなで美味しい物食べるって決めたから。あたしにできる最善の方法で七代クンをサポートさせて」 強い意志のこもった眼が俺を見上げる――すごい奴だな、武藤。 こうなったら是か非でも勝ってやる、と俺は深呼吸をして雉明に「なら、雉明は武藤と一緒にヤツを撒いてくれ。頼む」と言うと、雉明は少しの沈黙のあとしっかりと頷いた。 「よし……行動開始ッ!」 バッと散開して俺達は動く。 オロチに一直線へ向かう武藤と雉明を襲おうとするコウモリの鼻面――戦闘で見つけた弱点を、すかさず札で強化したパチンコの弾丸で攻撃した。ピギィッと悲鳴を上げてコウモリは倒れた――すげえ、本当に強化されている。光球がカミフダを貼ったパチンコに吸い込まれる。 うし、まずは一匹! ぞろぞろと向かってくる隠人を、柱を壁にして攻撃を回避したり、隙を狙って攻撃をしながら着実に一体一体を仕留めて行く。ただ、カミフダを貼るということの疲労感がじわじわと俺の射撃をするための神経を削って行く。 そして、たまってきた額の汗をぬぐったとき、「きゃあッ!」という悲鳴が聞こえて俺は柱の影から飛び出した。 「武藤ッ!」 雉明の声が木霊する。 武藤はオロチの尾に身体を絡め取られて締めあげられていた。雉明は助けようと武藤の身体を締めつけるオロチをはがそうとするが、その尾が雉明を薙ぎ飛ばす。 「かはッ…!」 「ち、ちあき…クンッ…」 「雉明は動くな! 武藤、もう少し頑張れ!」 疲労を感じていた足に叱咤して、俺は腰に差していた竹刀を槍投げの要領でオロチの顔面にぶつけた。 ひぐぅううっ、と弱点だったのかオロチは身を捩るようにのたうちまわる。それが締め上げる力を緩ませて、武藤の身体が宙に落ちる。 「っあ…!」 「武藤ッ!」 間に合え!とあるだけの力を振り絞ってオロチの懐に飛び込んだ俺は武藤を、パチンコを持っていない腕で受け止める。だが、片腕で支え切れるわけもなく抑えきれなかったスピードに武藤ごと俺は地面に激突した。 「ぐうッ!」 「七代! 武藤!」 駆け寄ってきた雉明に、痛みをこらえながら武藤の身体を預けて、「雉明、武藤を連れて離れろッ!」と突き飛ばして俺もその場から逃げると、巨大なものがついさっきまでいた場所の地面を抉った。攻撃から復活したオロチが突っ込んできたのか。 よほど効いたのだろう、オロチは崩した瓦礫のなかから頭を擡げて雉明と武藤から距離を開けた俺に牙を向ける。その大きく開かれた口からふしゅうぅうぅ、と呼気が吐かれ、辺りにまき散らされ、 俺はぐらりと眩暈を起こしてよろめいた。 「瘴気……――吸うなッ、七代!」 吸うなって言われても、呼吸を止めて逃げ切るだけの体力もない。眩暈が頭痛になって集中力をじわじわと削って行く―――しかも、パチンコはさっきの攻撃でバネが引きちぎられている。壊れたパチンコを捨てて俺は、もうこれ以上の戦闘は長引かないし、もたないことを悟った。オロチも同じなのだろう、ぐぐぐっとその巨体を持ちあげて力を込めるのがわかる。 攻撃手段は、もうさっき投げた竹刀しかない。 そして、竹刀の位置を確認した俺が走り出したのと、オロチが俺めがけて突っ込んできたのは同時だった。 「七代!!」 「―――……七代クン!!」 雉明と武藤の悲鳴のような声が聞こえる。 死んでたまるかよ、と俺は手にした竹刀を構えて、突っ込んでくるオロチを迎え撃つ。パチンコから剥がしたカミフダを籠手に嵌め―――大地が淡く光ったのと、オロチが衝突したのは同時だった。 オロチの顔面を受け止めた竹刀にバキバキバキッと砕けるような音と一緒に、俺も衝撃で足元から地面にめり込む。 「ん、な…くそぉおおおおお!!」 一撃入れるまで砕けるんじゃねええッ、と叫んでオロチの一撃を横に流す。 バキッと折れた竹刀と一緒に、ドォォオンとオロチの顔が地面にめり込む瞬間、俺は籠手からカミフダを剥がして刀身の部分が砕けて半分になった竹刀に貼り付ける。そしてオロチの顔に、砕けて割れた竹刀を突き立てた。 ヒギギィイイイイィィイィッ 顔に食い込んだ竹刀に断末魔の悲鳴を上げ、そしてオロチはのたうち回りながら原型を保てなくなり、崩れるように消滅した。 このとき、俺達の勝利が確定した。 →九 |