しかし、本当に好奇心が強い二人だ。何かあるのではないかと思っているのは同じはずなのに、俺と違い二人は焼却炉をしげしげと眺めながら呑気に会話をしている。 「確か、あの白い奴はここに吸い込まれるように消えたんだったよな」 「うん……。ねえ、この中っていまどうなってるのかな」 「どうって、そりゃあ……。空っぽか、じゃなきゃ灰が詰まってんじゃねェか?」 壇はそこで一拍置くと、「じゃなかったら……骨……とか?」と付け足さなくていいことを言った。仮にそれが本当だったら拝み屋呼ぶからな、拝み屋。 「…………。ねえ、ここ、開けてみようよ」と焼却炉から顔を上げた穂坂が言った。 まさか穂坂が言い出すとは壇も思わなかったのだろう、「……穂坂。お前時々、ものすごく大胆な事言うな」と驚いている。 「そ、そうかな……」 「でも、焼却炉の周囲に何かおかしなものはないしな」 「そうだな。ここに消えたのを見つけちまった以上、後は中に何かあると考えるのが普通か。んじゃ、ちょっとやってみっか」 うし、と壇が小さく気合いをいれると焼却炉の扉に手をかける。 古いとはいえそれほど重そうには見えない扉だった――が、壇の顔が険しくなった――ギシッという音を扉は鳴らしたのだが、びくともしていない。壇は一旦手を放し、足を肩幅まで広げて「ふう…」と深呼吸をすると、 「ぐ……ぐおおおおおおおッ!!」 先程よりギギギッと扉が悲鳴を上げたが、開きそうにない。 「くそッ、開かねェ……。七代、手ェ貸してくれ」 「わかった」 「おう、頼むぜ。それじゃ、そっち持ってくれ」 俺は竹刀やパチンコを入れた荷物を下ろして、言われた通り、壇とは反対側の扉の取っ手を掴む。軽く引っ張ってみたがびくともしない。 俺も踏ん張るために足を肩幅まで開いて深呼吸をした。そして、「行くぜ。せーのッ」という壇の掛け声とともに一気に取っ手を引いて、 ガチャンッ 「!! ――のッ!?」 「うおッ!?」 「あ、開いたッ!!」 「がッ!」 いきなり開いた扉の勢いに俺は手が滑って後ろに転がった。 雑草がクッションになっていたから衝撃はそれほど酷くなかったが、 「なんだ、最初より簡単に開きやがった…」 「七代くん、大丈夫?」 「ああ……」 塀側に立って扉を引いていた壇も勢いの余り腕をぶつけたらしい。壇は腕を擦りながら怪訝な表情をしていたが、開いた焼却炉に向かう。 「とにかく、開いたな。さてと、中は―――………」 「どうした?」 「こいつは……。七代、穂坂。ちょっと覗いてみろ」 「う、うん。………!!」 退いた壇の後ろから焼却炉を覗くと、そこには灰も、ましてや骨もなかった。 太いロープが一本、ぶらりと落ちている。しかも、そのロープの端は見えず、ここから覗いただけでは底が見えない。腕を伸ばしてロープを引っ張ってみると見た目より頑丈に繋がっている。 隣で同じく焼却炉のなかを覗いていた穂坂が「これって……まるで、何かの入り口みたい……」と呟いたのを聞いて俺は唇を噛み締めた。ばっちりアタリかよ。 「まさか、この地下に何かあるの……?」 「みてェだな。ご丁寧に、ロープまで下がってやがる。―――降りてみようぜ」 「なら俺が先に降りる。いいな」 その提案に間髪入れず俺が申し出ると、壇の目がチラリとこちらを見る。一瞬の間のあと、壇が「わかった」と頷いた。 「ただ、注意しろよ」 「OK」 「七代くん、気をつけてね」 心配そうに見つめる穂坂に安心させるように笑って、肩に竹刀の袋をひっかけ、俺は焼却炉の縁に手をかける。そしてグローブをはめた手にロープを一度巻きつけて足を下に投げ出すと、焼却炉にぽっかり空いた穴を覗きこむ。 昨日の今日でこんなことを早々経験するとは。溜息が出そうになるのを堪えて俺はパチンコの入った荷物を落とした。 ドスッという鈍い音に、下があると自分に言い聞かせて肩にかけた竹刀の袋をもう一度かけると俺は息を大きく吸い込んで足を放した。ジャンプをするように壁に何度か足を当てて難なく着地した俺は目を疑った。 「おい! 七代! 返事しろッ!」 「…あ、……ああ! 下りても、大丈夫だ!」 大丈夫だ。大丈夫なんだが。 俺は荷物を持ってロープの場所から離れると、周囲を見回した。少なくとも俺と壇が焼却炉の扉を開けるまでここは誰も入っていないはずなのに、整備されたような部屋が広がり、ゆらゆらと篝火が照らしている。記憶より広いが、ここは富士山の風穴に似ていた。 「―――ッと。……穂坂ァ、まだかァ?」 下りてきた壇が上に向かって声を上げた。 すると「ちょ、ちょっと待って……もうちょっと……」と穂坂の不安げな声が落ちて来る。 その声に壇がロープに近付いて、「おい、本当に大丈夫―――」と心配そうに見上げようとした瞬間、「だ、だめッ!!」と穂坂が声を張った。大人しい穂坂の突然の拒否にうろたえた壇が見えた。 「な、何だよ」 「う、上見ちゃだめッ。絶対だめだからね」 「だから、何で」 再度問う壇に、ためらうような沈黙のあと、穂坂は「だって、見えちゃう……」と小さく言った。 「―――ッ!!」 ピシッと石のように固まった壇だったが、穂坂の言わんとすることがすぐに分かったようで、すごい勢いでロープから離れた。 「七代くんもッ、だめだからねッ!!」 「わかった。……気を付けろよ。危なくなったらすぐに言ってくれ」 「うん。…絶対、そのままだよ?」 穂坂に言われたように「見えない」距離で待つことにした俺は、壇の顔をチラリと見た。 取り立てて美形というわけではないが、精悍な顔立ちをしている――身長は雉明と同じくらいだろうか。昨日と似たような状況のせいか壇と雉明、穂坂と武藤をなんとなく比べていた。どちらかと言えば壇と武藤、穂坂と雉明が雰囲気も似ていて気が合うかもしれない。 昼間に届いたメールを開いた。 受信日:10月18日 件名:FW:京都〜!!!! 送信者:【NDL収特課】 いちるだよ!無事ついた? こっちは朝早くからずっと机にかじりついてるよ〜 もうやだ〜! でもこれが終わったら東京に行くコトになるみたいだから、そしたら会えるよね! 早く一緒に任務に就けるよう頑張るよ〜! 武藤が向こうで頑張っているように、俺も頑張れているんだろうか……――いかん、任務中だと言うに、と携帯電話をポケットに片付けると、穂坂の細い足がようやく地面に着くところだった。 「ん……後ちょっと……。……着いたッ。はァ……。もうだめかと思った……」 ほっと息を吐く穂坂に「大丈夫か、穂坂」と壇が気遣わしげに声をかける。 「うん、ちょっと手が痛いけど、でも平気だよ」と穂坂は答えると改めて周囲を見回した。 「それより、ここって何なんだろう……。洞窟……なのかな?」 「ああ。けど、自然に出来たって感じじゃねェようだな。しっかし驚いたぜ。学校の地下にこんなもんがあるとはよ――――」 「あ…?」 くわん、と耳鳴りがしたように音が遠のいた。そして、すぐに耳が戻ったかと思うと頭に直接響くような鈴の音が聞こえ、その音色が人の声になった。 『―――坊。封札師の坊。私の声が聞こえていやすね?』 独特の口調と声音。狐耳の生えた男が浮かんだ。「……鍵さん?」と周囲を見渡すが、あの金色のような目立つ頭は見つからない。訝しむと『そちらに私はいやせん』と笑いを含む声がまた響いた。 『坊がいまいる場所、その更に地下には、地脈の力の吹き溜まりがあるようでして。脈を辿って、こちらからも坊の様子がわかりやす。その洞の中ならば、周囲の状況や、坊の状態を知らせるくらいは出来やすよ。大して助けにならないかも知れませんが、闇雲に迷い込むよりはましでしょう』 「出来る範囲でお手伝い、って言ってたけど、すごいな……助かるよ。鍵さん」 『ふふ、そりゃァ良かった。……では、用意が済んだら、左手にある扉をお開けなさい。その方角に、坊の求めるものがあるようですよ』 「OK。わかった」 →九 |