1st-07 | ナノ

第壱話 七


「わかりました」
「それから……なるべく飯は家で食え。それだけだ」

 そう言うと羽鳥さんは神社の奥に行ってしまった。
 嫌煙されているかと思ったが――そうだよな、伊佐地センセが滞在先にって押してくれた場所で、羽鳥さんもそれを受けてくれているんだよな。

「はわわ……。清さま……怒ってるですか? あんな言い方するなんて……」
「さァ、私らには人の心まではわかりやせんからねえ。ともかく、氏神の敷居を跨いだからには、坊も立派なこの土地の住人だ。私らに出来る範囲でお手伝いさせていただきますよ」
「いいのか?」

 二人に向き合うと鍵は「出来る範囲ですがね」と薄く笑う。

「鍵さんもすずも、ここには長くいるですから土地のことは大体わかるです。もちろん、何か大きな力に邪魔されたりするとだめなのですが……」
「もしも人の英知の及ばぬ苦難に遭遇したときは、私らが坊の目となり耳となりますよ。それが……約束ですんでね」
「そっか、ありがとう」
「いえいえ。……おっと、そういえば、坊。今日は初登校でしたね」

 急に話が変わったと思って俺が鍵の方を見ていると「初めての学校はどうでした? お友達は出来やした?」と訊かれて俺は何を言い出すんだこの狐、と思う。鍵はそんな俺の言葉よりも態度で「おや、新しい学校はお気に召しやせんでしたか?」と首をひねる。

「いや、気に入るとかじゃないだろ。任務で来ているんだし……」

 自分でそう言ってなんだか地味に落ち込んだ。
 本当にただの転校生だったら、あいつらにイチイチ突っかかることもなく、友達になれていたかもしれない。予想外に周囲が俺を探ってくるから神経をとがらせていたが、

「いつ迄になるかは、坊次第でしょうが学生さんの頃ってなァ時間の大半は学舎にいる訳でしょう? 何か特別に打ち込めるモン、そしてお友達。この二つがありゃ、たいていの事は乗り越えられるってェ話をよくききます」

 鍵の言葉に俺はつい昨日のことを思い出す。
 封札師の認定試験での大隠人に、武藤と雉明と一緒に立ち向かったとき、俺はこいつらと一緒なら大丈夫だと思った。死にかけそうになっても、あの二人が一緒にいてくれたことが俺にとって踏ん張る一線になっていた。あの時、一人じゃ無理だったと思った。

「坊の場合はもう打ち込むモンの方は問題ない」
「任務か」
「ええ、だから、人間関係、うまくおやんなさい。お務めとは言え毎日通う場所、楽しいに越した事ァありやせん。私でよけりゃあ、いつでも相談に乗りやすよ」

 七代クンとちょっと雰囲気が似ていてね、きっとすぐに仲良くなれるよ。

 ああ、そうか。穂坂の言葉にデジャ・ビュを感じていたのは、武藤の言葉と似ていたからだったんだ。
 ははは、と俺はなんだかおかしくて少し笑うと鈴が「はわわわわ…ぬしさま、大丈夫ですか」と心配そうに手に触れる。

 そっか、壇や穂坂たちが悪いわけじゃない。
 俺があいつらを避けているのが、勘の鋭い壇にはすぐに伝わったんだ。

 俺は鈴の頭を撫でて「大丈夫だ」と言って、鍵の方を向いた。

「なんだか、悪いな。いきなり迷惑かけて…そんなに俺、態度に出てたか?」

 鍵は煙管をふかすと「さァ」と最初と変わらず飄々していたが「人のなかには機敏に聡い方もいらっしゃる。私らの場合、坊の気の流れが乱れているのを感じ取ったまでで」と笑った。

「それに、出来る範囲のお手伝いはさせていただくと言いやしたからね。気の流れを調節するのは、まあ多少覚えがありますから……ふふ、随分と顔色が良くなったみたいだ」
「ああ。本当、ありがとう」
「これならもう心配ないでしょう。それじゃあ私らはひとまずこれで」
「それでは七代さま、気をつけて行ってらっしゃいませです」

 光の粒になって消えた鍵と鈴に俺は背を向けて神社を後にした。





 神社を出てから俺はとりあえずもう一度、焼却炉に向かうことは決めていた。だから、それまでの時間を潰すために別途で来た伊佐地センセからのメールで紹介された他の協力者の方に顔を出したり、あとは今ある自費で揃えられる武器を探したりして――とっぷりと日の暮れた鴉乃杜學園に来ていた。
 目立たないように校門から離れた場所から学校に侵入した俺は校舎裏へ入る。
 う、わかっちゃいるが、やっぱり暗いと怖いな、学校!

 例によってもってきた袋に入れた竹刀と、パチンコがすぐに出せるよう確かめてしまう。
 そして暗がりで見えにくいが焼却炉を見つけて先へ進もうとしたとき、背後から「へへッ、やっぱり来たな」と声がかけられた。振り返るとやはり、壇が立っていた。
 別れ際の言葉からしてなんとなく予想はしていたから俺はそれほど驚かなかった。

「転校初日だってのにホント、いい度胸してるぜ、お前。それとも―――初めから、コレが目的か?」

 すっと眼が細められていくのを見て俺は、ああ、俺もこんな顔していたのかと思う。
 俺は溜めていた息を吐いて「…ああ、そうだ」と頷くと、壇は「そうか…。お前のことだからもっと勿体ぶるとかすると思ったんだけどな」と拍子抜けしたような表情で頭を掻いた。
 まあ、確かに俺も鍵さんと話していなかったらそのつもりだったけどな。

「まあ、いい……七代。時々、お前みたいな目をした奴がいる。迷いのない、強い意志と目的を持った目―――俺が、随分前に無くしたものだ」
「…壇」
「だから俺は、知りてェんだ。お前みたいな奴を突き動かす目的って奴を―――!?」
「…!」

 パキっと小枝を折るような音に俺と壇が振り返ると、人影が一つ立っている。
「誰だッ!!」と拳を固めた壇に、その人影から「あ……」と上がった小さな声が誰かわかって俺は壇を制するように腕を出すと、人影が姿を現した。

「あの、こんばんは、二人とも」と穂坂がいつものようにふわふわとした笑顔を見せるから、俺もつられて「こんばんは」と応えた。

「穂坂……。お前、何でこんなとこに……」
「確かめに、行くんでしょう?」
「え……?」

 壇の言葉に穂坂は一歩踏み出して、俺と壇の二人を見る。

「わたしも知りたいの。いままで出会えなかった、本当に、不思議なこと……。それになんとなくね、二人が来るんじゃないかなって思ったから。だから、お願い。一緒に連れて行って」
「…ここまで来たってことは、二人とも帰るつもりないんだろ?」
「当たり前だ。お前が行くってのに、行かねェわけがあるかよ」

 穂坂は何も言わないが、今日一日一緒に行動したことで穂坂が見た目より「頑固な」ところがあるのは十分教えてもらっている。

「わかった。一緒に行こう」
「…よかった……。ありがとう、七代くん」
「頼むから無茶だけはすんなよ? 後で飛坂に殺されるのは俺たちだからな。ま、何かあったら…七代と俺で護るしかねェか。知りたいって気持ちは俺も同じだしな」

 それは焼却炉の謎だけじゃなく、俺の目的も含んでいるんだろうな。

「壇くん……。ありがとう。それじゃ早速、焼却炉の調査だね!」

 壇から向けられた視線を受け止めながら俺はこれが外れであることを祈った。