2-3 | ナノ

――3

 ドクンッと心臓が跳ねた。

「外を昇って来たの…!?」

 何が、なんて間抜けな質問。
 だが目の前に迫る怪物が一体何なのかわからない。足らしきものはなく、手が無数に蠢く怪物は月光に輝く刃を揺らめかせる。

 足がすくんだ真宵を背に庇うようにゆかりが前に出た。

「…戦わなきゃ…」
「岳羽さん!?」

 その手には最初の夜に見た銃が握られている。
 そんなので怪物に適うとは思えず、真宵はゆかりを止めようとするが「召喚…私だって、できるんだから…!」と意識はこちらに向いていない。そしてあろうことか銃口を額にあてがった。

「いくよ…、っ…」

 しかし、ゆかりが引き金を引くのに一瞬の躊躇い。その隙に、怪物の刃が閃いた。

「きゃあッ!」

 叩きつけられる身体。
 吹っ飛ばされたゆかりは「くっ…」と痛みを堪えて起き上がろうとするが、怪物が再び刃を振るうだけでゆかりは壁に叩きつけられ――銃が手から離れてカラカラと床を滑る。

 先程のは、まるで刃によって起こされた衝撃波か何かがゆかりを襲ったようだ。


 ドクンッ


 仮面が真宵を見た。

「!!」

 反射的に身体がその場から退く、と同時に真宵のいた場所が抉られた。

 このままじゃ、殺される。
 屋上では追い詰められるのが目に見えている。

 では、どうする?

「――…あの、銃…」

 床に転がっている銃。

「一か八かっ…! ッ、かはッ!」

 ゴウッという音が聞こえたかと思うより身体が地面に叩きつけられた。二度に衝撃を受けた口から空気が吐き出される。
 しかし幸か不幸か、銃のすぐそばに飛ばされたらしい。手を伸ばして、冷たい無機質なそれを握った真宵はすぐさま起き上がろうとして息を飲んだ。

「ッ…ぁあぁあああァァ!?」

 熱い、痛い。
 貫かれた腕が焼け爛れたような錯覚に陥る。見開いた目に映るのはのっぺりとした仮面。

 このままじゃ――

 ――ダメだよ、死んでしまっては困るよ。

 死にたくないっ――

 ――死なないためには、

「ハァ…ハァ、っ……」

 空に持ち上げられた刃。

 ――わかるよね?

 こうするんだよ、と蒼い瞳の少年が笑みを浮かべて人差し指を額に向け、真宵も倣うように銃口を額にあてがう。
 そして、少年が動かした唇を音にしてなぞった。

「――…ペ…ル…ソ…ナ…」


 バキィインッ


 振り下ろされた刃が銃口から溢れた青い光に弾かれる。キラキラと割られたガラスのような欠片が風に巻きあがげられ、形づくられていく。
 それは段々と竪琴を背負った吟遊詩人のような女性になる。

 ――我は汝、汝は我…

 ――幽玄の奏者、オルフェウスなり…

 そう言ったかと思うとオルフェウスは怪物に向かい、向けられる刃を背中の竪琴で弾き返し叩きつける。勢いのあるその動きは現状を好転させたかのように思えたが、何本もある刃に追い詰められていき――刃がオルフェウスの胸を貫いた。

「あ……」


 ドクンッ


「――う、あッ…!」

 頭が割れる――!!


****


 ベキベキ、という音と共に現れたペルソナにヒビが入る。真宵の悲鳴に呼応するようにベルソナも悲鳴を上げてのた打ち回ったかと思った瞬間、ヒビから腕が飛び出した。

「な、……ッ!」

 内側から何かが出る――!

 その予測は正しく、ペルソナの口と言わず頭と言わず、現れた腕に引き裂かれ、やがてペルソナが咆哮を上げて現れた。

 人型の形をしたそれは闇を纏い、背には幾つもの棺桶――銀色に光る鉄の仮面は死神を彷彿とさせる。ゆかりは自然とそれから距離をとっていた。近づいてはいけない。本能が叫ぶ。

 死神は咆哮からゆらり、と頭部をシャドウに向けたと思うと駆けた。迎え撃つようにシャドウは先程のペルソナと同じように刃を向けるが、死神の動きは数段速かった。腰に下げた刀剣を引き抜くと数では圧倒的不利なはずなのに腕をなぎ払い、あるいは手で引きちぎり、そのまま距離を詰めた死神はシャドウの仮面を掴み上げた瞬間、勝負は決した。
 てのひらで仮面を握り潰されそうになるシャドウが金切り声のような悲鳴を上げ逃げようとする。しかし抵抗むなしく、シャドウは身体を切り裂かれ、引きちぎられ、塵に消え――死神も虚空に溶けた。

「……終わった…の?」
「オイッ! 無事か!?」
「なんだ、さっきのは……」

 バンッと屋上のドアが開いて、美鶴と真田が駆け込んでくる。ゆかりはハッとして真宵のことを思い出した。
 慌てて駆け寄ると、真宵は腕から血を流している。真田がハンカチで腕を縛り、失血を押さえる横で美鶴が回復魔法をかける。

「あのッ…!」
「大丈夫だ。意識は失っているが、呼吸はちゃんとしている。…岳羽、君の方も怪我をしているが最優先を彼女にするがいいか?」

 断る理由はない。
 ゆかりは頷く。

 お願い。死なないで。

 自分の腑甲斐なさをどうすることもできず、ただ祈るようにゆかりは真宵の手を握った。


 長い夜が明けようとしていた。




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