pro-04 | ナノ

第零話 四


 やられた。俺を先頭に陣形を組むってことは、俺が最初に洞窟に入るってことだ。

 うう、ちくしょうッ。とはいえ、男は度胸!と念じた俺は、伊佐地センセに見送られて、洞窟の中へ足を踏み入れた。外から見たときの真っ暗な印象とは裏腹に、中に入ると薄暗い光りがこぼれている。
 なるほど昔から認定試験に使っていたんだから中が綺麗に整備されていてもおかしくない。

 少し入ったところで、伊佐地センセからのナビゲート音声が聞こえてきた。

『―――俺だ。聞こえてるな? これからお前たちには、この風穴の奥にある一枚の札を回収してもらう。まずはお前たち自身が持つ潜在能力と、札の力に慣れる事だ。探索時の行動についてだが、先程支給した端末からの確認する事が出来る。OXASのサイトにある、教練用のQ&Aページを各自、確認しておけ』
「ここって携帯の電波が届くんだね」
「そういう風に整備されてんじゃねえのかな」

 コンコンと壁の表面を叩いてみる。
 一本道しかない洞窟の中を少し進むと、広くなった空間に出た。

『そこにいくつか道具があるだろう。認定試験のために用意した、お前たちの武器だ』
「武器って…」

 台座の上に並んでいる道具、つまり武器が―――竹刀やパチンコなのか? 

 確かに銃など扱い慣れないものを置かれるよりいい。だが、子どものチャンバラじゃあるまいし、これで「カミフダの悪用を目論む個人や組織」と渡り合えるのか。

『言っただろう。例えどんな物であろうと、《秘法眼》の持ち主であれば、手にした武器の能力を最大限に引き出す事が出来る―――お前たちなら使いこなせるものを選んである。よく選べ』
「本当に習うより慣れろ、だな。…武藤と雉明はどうする?」

 台座には近寄らなかった二人に振り返る。

「おれは問題ない」
「あたしも…武器使うより、こっちが慣れているから! 七代クンが好きに選んで!」

 こぶしを握り締めた武藤が言う。
 この薄暗い洞窟―――コウモリだけが出るとは限らないだろうに、と俺は並んでいる道具から竹刀とパチンコを選んだ。小石くらいならごろごろ転がっているし、ある程度の射撃の技術は叔父から習っている。
 ……あの人、実はこのこと全部知ってんじゃないだろうか。
 ふと、成田で別れた叔父が浮かんだ。

『よし、では奥に扉が見えるな。その扉を開くのが最初の試験だ。お前たちなら答えを見つけられるはずだ。頑張れよ』
「ほんとだ、扉がある。でも、今、開くってことは開いていないってことだよね」
「おそらく何らかの仕掛けが施されている。それを解除することで開くということだろう」
「う〜、ごめん…あたしは、クイズとかパズルとか苦手…」

 雉明の言葉に「なるほど」と俺は部屋をぐるりと確認して、扉の両側に設置されている松明と、中央の台座にある火のついた松明――来た道は一本道だったわけだし、この区画だけで扉を開けろという意味だろう。なら、片方だけ着いていない松明は分かりやす過ぎるほどに不自然だ。俺は中央にある松明を台座から外して、扉の脇の松明に炎を移すと、カチリと音が鳴って、扉を開けることに成功した。

「おおッ。七代クンすごい!」
「フフン。初歩の初歩だよ、ワトソンくん」
「わ…わと?」
「……なんでもない」

 うっかり寂しくなった俺に伊佐地センセが『…先に進め』という溜息まじりに言った。
 言われた通りに扉を開けて中に入ると、最初の区画より狭い部屋に堂が一つ。

『お前たちの目の前に、鏡の入った堂があるな。そいつはカミフダの力で変異していて、お前たちと接触した情報を記録出来る』
「情報の記録…?」
『詳しいことはまた後で説明する』

 堂に祀られた円鏡は光を反射していないのに、それ自体がほのかに輝いている。
 情報の記録が出来るということは、その情報は一体、どこに蓄積されているのか。つか、こんな不思議なものが本当にあるのか、と俺は鏡に手を伸ばして触れ――

「――ッ!」

 眼に衝撃が走って俺は瞼を抑えた。それなのに脳みそに直接叩きつけられたような映像が目をかける――高いビルが並んでいる。黒いコートの男。そしてセーラー服の、女。男の手に、手に――ぐわんと映像が揺れ、耳元に「七代クンッ!」という声が入り込んだ。

「がっ……な、何…?」
「何って、七代クンが急によろめいて……大丈夫?」

 言われてみると、俺は蹲っていて、武藤が気遣わしげに俺を見ている。視線の先を見れば、雉明も「大丈夫か?」と訊いてきた。
 ……今の一体何だったんだろう。何かの情報だったということだろうか。

「ん。大丈夫だ…悪いな。今日で二度目だな」

 手を差し出してくれた武藤に笑いながらそう言って起き上がると、武藤も「そうだね」と笑った。

『―――さて、ここから先に進めるのはお前たちのような者のみだ。何故、お前たちが選ばれ、ここに来たかを思い出すんだ』

 部屋を出て先程の区画に戻った俺達に伊佐地センセはそう言うとまた通信が途絶える。

「さっきみたいに謎解きとするのとは違うんだよね」と武藤が言うように、この部屋にはもうヒントみたいなものは何もない。

 だがヒントがないわけでは――お前たちのような者。

「そうか、眼――《秘法眼》を使えってことか」
「あ、なるほど……七代クン! 扉あったよ!」
「…何か仕掛けがあるわけじゃないようだ」

 武藤が指した方向に眼を凝らしてみると、そこまで壁だったところに一枚の扉がある。雉明も見ているようで扉に触れて「大丈夫だ」と俺と武藤に頷いた。すると伊佐地センセからまた通信が入った。

『よくやった。なお、ここから先は、実際の任務を想定した試験になる。各自、所持品を確認しておけ』
「……なら、開けるぞ」
「うんッ」

 頷く雉明も確認して俺はぐっと力を込めて扉を開けた。


 ぐるるうううぅうッ


「…熊?」
「熊並みの大きさをした犬……って、うお!!」

 グオンッと咆哮による衝撃が身体にビリビリと伝わって俺は腕で庇った。
 扉を開けたら、双頭の犬の怪物が待ち受けていたって、封札師の任務ってどんなんだよ。コウモリなんか可愛いもんじゃねーか。

『ここでは接近戦の試験を行う。近くの敵から順番に倒せ。深入りしないよう、落ち着いて対処しろよ。健闘を祈る』
「でも、頭が二つある犬っていたっけッ!?」
「それ言い出したら、頭が二つある熊もいねーな!」

 そう叫びつつベルトに引っかけていた竹刀を抜いて俺は怪物の頭を殴った。剣術なんてちっとも習っていないし、竹刀なんかで果たして倒せるのか。そんな疑問が過るよりもまず倒すという一念の攻撃に、ギャンと怪物はよろめいた。
 効いてる。なら、もっと食らえ!と俺は竹刀で斬りまくると怪物は呻いて、光球を放つとずぶずぶと崩れて土くれに戻った。光球は俺のほうに来て胸に吸い込まれた。

「おお〜! 何とか勝ったねッ。すごいよ、七代クン! さすがはリーダー!!」
「お、おうッ」

 てのひらを上げた武藤と同じように上げてパンッと合わせた。
 褒めてくれる武藤には申し訳ないが、いやホント、竹刀なかったら正直怪物に向かえなかった。ごめん、竹刀だって馬鹿にして。頼れるよ、お前。内心で竹刀に労いの言葉をかける俺を余所に、武藤は「あ、ところでいまやっつけた変なの、あれって一体、何だったの?」と本題に踏み込んだ。