1st-05 | ナノ

第壱話 伍


「どう? 何かいる?」
「いまのところ、何もねェな。……っていうか、何でこんな遠くからコソコソしなきゃなんねェんだよ」

 壇の言うように校舎裏に来ていた俺達は焼却炉を隠れながら見張っていた。
秋も半ばだというのに鬱蒼とした木や植物が生えていて、夕暮れも近付いた校舎裏は余計に暗がりを増していた。確かに居そうな気がする場所だし、昼間でも近寄りがたい。

「うるさいわね。戦闘要員は黙ってなさい」
「ちッ……。待つのは性に合わねェんだよ」
「………」
「ん? どうした、穂坂」

 黙っている穂坂に壇が訊ねる。
 すると穂坂は少し不安な様子で「うん……。もし幽霊や不思議な現象じゃなくて……もし誰かの悪戯だとしたら一体何のためにやってるんだろうって」と言った。言われて俺も気付いた。隠人の可能性があると考えていたばかりで、この噂の元が「誰かの仕業」とまで頭が回っていなかった。
 飛坂も「そうね」と穂坂の言葉に頷く。

「単なる愉快犯の可能性も捨てきれないし……とっ捕まえて直接聞くしかないわ」
「何が出るか知らねェが、俺の出番がありゃあいいがな。で、七代。お前はどうする? 怖かったらそこで見てていいんだぜ?」
「まさか。本当に愉快犯だったら一人より二人がいいだろ」

 不敵に笑う壇に俺はそう言った。
 喧嘩慣れしているというし、4階の窓から教室に入ってきた男だ。壇一人なら愉快犯くらい伸せることはできるだろう。しかし、今この場にいるのは壇だけではなく「戦闘要員」外の穂坂や飛坂がいる。俺の言葉に壇は「…挑発には乗らねェか」と言う――ここで挑発に乗ってどうすんだよ。
 飛坂が「暴れる」のが好きな奴なのだと壇を言っていたが、あながち間違いでもないようだ。

「まァ、お前の出る幕はないかもしれねェがな」
「…それならいいけどな」
「……あれ?」
「どうしたの、弥紀?」
「み、みんな、見て―――」

 穂坂が指差した方向に向くと、焼却炉の前に何か白いものが浮かんでいた。
 風で飛んでいる何かじゃない。明らかに浮遊している白いそれに壇の顔が驚きに染まった。飛坂も「な、何よ、あれ!? どういう仕掛けなワケ!?」と壇の肩を掴んで揺らす。それを壇は「さァな」と割合冷静な声で答えたが、

「けど、あれがお前の言う原因だってんなら……面白くなって来やがったぜッ!!」

 言うや否や、壇は物影から飛び出して一直線に白いものに向かっていく。
 その動きは予想より速く、俺は少し遅れながら後に続こうとしてテニスボールを一つ茂みから見つけた。

「あ、壇くんッ!!」
「へへッ、とっとと正体、見せなッ!!」

 繰り出した拳も速い――が、虚しく空を切った。

「壇! 頭を下げろッ!」
「!? うおッ!」

 ぶんっとテニスボールを投げると、ボールは壇をかすめて白いものに向かうがそれすら難なくかわされてしまい、ガッとボールは壁に当って跳ねるとまた茂みのなかに消えてしまった。そして白いものは焼却炉に近付いて行くと、まるで吸い込まれるように消えた。
「あ……消えちゃった……」と穂坂が物影から現れると、飛坂も同じように姿を見せたが、未だ混乱しているようで、

「何よ……いまの、何なの!? 絶対、何か仕掛けが……」
「つか、待て。七代! てめェ、硬式のボール投げやがったなッ!」
「だから頭を下げろって言っただろ。それに、これくらい壇なら避けられるって信じてた」
「なんだ、その白々しい言葉はッ」
「ちょっと黙ってなさいよ! 考えてるんだからッ!」

「あら……? そこに誰かいるの?」

 不意に聞こえた声に俺も、怒鳴っていた飛坂も黙る。壇に至っては「ちッ、この声は―――」と嫌そうにするくらいだから、その場にいた全員の想像は当っていたらしい――俺達がいた場所とは反対方向から、羽鳥先生が現れた。

「七代君に穂坂さん? それに壇君も、飛坂さんまで……。一体、どういう事なの、これは」

 俺達の姿に驚いていた羽鳥先生だったが、すぐに厳しい表情になって4人の顔を見る。
 誤魔化すことができる言葉が浮かばない。いや、そもそも誤魔化すような事ではないのかもしれないが、正直に話すのは躊躇われた。なにせここには生徒会長さんがいる。
 誰一人何も言わない様子に羽鳥先生は、深い溜息を吐いた。

「……飛坂さんが一緒という事は何をしようとしていたのかは大体、想像がつくわ。今朝のHRで校舎裏には行かないよう通達があったはずよね?」
「お言葉ですが先生、生徒会顧問の教頭からは調査許可を受けています」

 そうなのか、と俺は飛坂の顔を見る。
 羽鳥先生は飛坂の言葉に少し驚いたようだがすぐに首を振った。

「そういう問題じゃありません。何かあったら危ないでしょう」
「だからこそ、一般生徒がこれ以上被害を受ける前に原因を取除く必要があります」
「……飛坂さん。生徒会長としてのあなたの心がけは立派だわ。でもね、私たち教師にとってはあなたもみんなと同じ、大切な生徒なのよ」
「ですが、これは私の、生徒会長としての仕事です」

 頑な飛坂の言葉に羽鳥先生は「いいえ。それは大人の仕事よ」とはっきり否定した。

「あなたたちの仕事は毎日勉強して、友達と楽しく過ごす事―――とにかく、飛坂さんには一緒に来てもらいます。教頭先生にも話を聞かないと」
「……わかりました。あ、七代君と弥紀……穂坂さんは、私が無理に付き合わせただけですから」
「俺もだろうが!!」

 その一言が墓穴だった。
 羽鳥先生が思いだしたように「そうだ、壇君。今日はどうしたの?」と壇の方を向いたのだ。それまで飛坂に向いていた矛先が自分に向けられた壇が「え? あ、いや……」と口ごもる。羽鳥先生はそんな壇に対して「何か、理由があったのよね」と言う。

「あんまりご両親に心配かけるような事はしちゃダメよ?」
「……ああ、わかってる」

 ぶっきらぼうに答えた壇にご愁傷様と思っていた俺に「七代君も……友達が出来たのはいいけれど危ない事はしないでね?」とお声がかかる。う、俺ですか。

「…はい」
「ええ。危険な場所には近寄らないようにしてね。それじゃあ、三人はこのまますぐ帰りなさい。寄り道して遅くなったりしないようにね。それじゃあまた明日」
「…………。わ……悪かったわね、七代君。巻き込んだりして……」

 飛坂はそう言うと後を追うように羽鳥先生の方に走っていった。

「…………。巴、怒られるかな……」
「飛坂の首根っこ押さえるなんてあのセンセくれェだからな。たまにはいい薬だろ。さて、どうする? 大人しく帰るか?」
「うん……。わたし、巴待ってるね」

 穂坂の答えに壇が「んな事してたらお前まで怒られるんじゃねェのか?」と問う。
 その問いに穂坂はゆるく首を振ると「大丈夫だよ。だって友達を待ってるだけだもの。何も悪いことはしてないよ?」と言って微笑んだ。

「……確かにな。それじゃ、俺らは帰るとすっか」
「あ、そうだ、七代くん。その……よかったら連絡先、交換しよう?」
「……ん、いいよ」

 少し悩んだが俺は頷いた。
 俺の使っている携帯はOXASの支給品だからいいのか判断しかねるが、まあ別に携帯の中身を見せろと言われているわけではない。「よかった……。いきなりだし、断られるかなって思ったから。それじゃ、送るね」と、穂坂と携帯電話の赤外線を使って交換する。これだけで携帯番号やメールアドレスだけじゃなく他の個人情報まで送られるんだからスゴイよな。

「學園の事以外でも、美味しいお店とか、安売りスーパーとか何でも聞いてね。じゃあ次は壇くんの番だよ」

 振られた壇が「へ……?」と穂坂を見やり、俺を見ると顔をしかめて、「や、お、俺はいいって。携帯とかあんま使わねェし、その……よく落としたり壊したりするからよ」と断った。その様子に俺は壇から流れた微妙な空気が、穂坂に対する好意ではないかと考えるとなかなか純情な奴なんだなと思える。
 いわゆるツンデレというやつだろうか。

「そう……」
「じゃ、俺らは帰るぜ。またな、穂坂」
「うん。それじゃ、二人とも、またね」