1st-04 | ナノ

第壱話 四


 お前の罰じゃん。俺カンケーないじゃん。

 きっぱり拒否した俺だったが、壇はしたり顔で「へへッ、随分はっきり言いやがる」と笑う。

「よし、七代が行かねェってんなら俺も行かねえぜ。転校生を除け者(ハブ)にするなんてのは、俺の主義に反するからな」
「お前、俺を出汁に使ったな…」
「うるせッ、てめェのせいで逃げ遅れたんだぞ!」
「それこそ道理にかなってねーだろうが!」

 ギャアギャア言い合う俺達に飛坂は「うるさいわね!」と一喝。

「そんなに除け者が気になるっていうんなら、七代君にも付き合ってもらうから!」
「……ちッ」

 壇はその言葉に舌打ちするだけだったが、それでは困るのは俺だった。

「ちょ、待って…俺、マジで」と飛坂を引き止めようとするが、彼女はさっさと歩きだして教室の扉を開くと「二人とも、さっさとしなさい!!」と廊下に出て行ってしまった。

 いや、だから、何で。伸ばした手が虚しく宙に浮いている。
 そんな俺の肩を今度はポンと軽く叩いた壇が「……だとよ。ま、コレが學園の掟(ルール)だ。これ以上面倒起こしたくなかったら諦めな」と労うような言葉をかけてくる――が、お前、その笑みはなんだ。

 そして壇もそのまま廊下に向かっていくのを、仕方なく俺も歩き出す。すると穂坂が「七代くん」と隣を歩いてきて、そっと小声で言った。

「……ふふ。 あんなこと言ってるけど、壇くんが誰かを誘うなんて、珍しいんだよ?」
「………」
「何か言ったか、穂坂?」
「ううん、何でもない。じゃあみんなで行こッ」

 壇の罰、つまり奉仕活動の内容はありきたりな校庭の草むしりなのかと思っていたが、飛坂に連れて来られたのは同じ4階にある生徒会室だった。テーブルが4つ、四角形を築くように並べられ、ホワイトボードが一枚置かれている。俺達はそのうち1つのテーブルに座るよう勧められて着くと、飛坂は立ったままテーブルに手をついて「さて、と」と俺達の顔をぐるりと見回した。

「昨日の話だけど、聞いてる?」
「もしかしてテニス部の子が怪我したっていう……?」
「HRに羽鳥先生が言っていたヤツか…」
「ああ、そういやさっき長英の奴と会ったときそんな事、言ってたな。あいつ、相変わらず訳わかんねェ事騒いでたぜ。骨がどうしたとか霊がどうのとかってよ」

 全員がその話を共有していることに飛坂は頷くと「まァ、学校にはつきものの話題(ネタ)ね」と言って、「七代君だって、前の学校とかにそういうのあったでしょ?」と俺に訊く。その答えに俺は詰まった。その手の話は訊いたら最後気になって曰くつきの場所を見たら、居た、っていうケースが小学校のときにあったせいで俺は極力、学校の怪談ものは避けていた。
 だから前の学校にそれほど関心がなかったというのも相乗効果で、その手の話が広まっていたのかもわからない。そんな無言の俺に、「あら、ひょっとして怖いんでしょ、この手の話」と飛坂は笑った。

「大丈夫よ、このあたしが噂なんてただの噂だって事証明してあげるから」
「できるなら是非そうしてくれ」

 あそこの廊下で出るんだって、なんて言われた日には歩けない。
 隠人という怪物と対峙するより、刷り込みじみた幼い恐怖が勝るのだ。

 飛坂は「じゃあ、昨日の話の現場になった校舎裏だけど」と飛坂は数枚の写真をテーブルの上に並べた。そこには古びた焼却炉の写真がある。

「七代君はまだ見てないかもしれないけど、この学校、焼却炉が残ってるのよ。そもそも学校に設置されている焼却炉は、1997年に当時の文部省から原則使用中止が言い渡されているの。その後の調べでは、ほぼ全国すべての小中高で使用が取り止められてるわ。ただ撤去作業自体は済んでいないところが多いみたいだけどね」
「なるほどねェ。んで、ボロい校舎を建て直す金もないこの學園にももれなく残ってるって寸法か」
「もしかしたらそれは表向きの理由かもしれないけどね」
「表向き……?」

 穂坂の言葉に飛坂は「ひょっとすると他にもっと、撤去出来ない理由があるんじゃないか、ってワケ」と写っている焼却炉をコンコンと爪で叩く。

「焼却炉にまつわる噂を集めてみると、これがもう出るわ出るわ。焼却炉ネタだけで學園七不思議が出来ちゃうくらい。中でも有名なのは数年前に、教室に鞄を残したまま消えた女生徒がいるとかいう話でね。放課後、校舎裏での目撃談を最後に行方がわからなくなったとか」

 ちょっと待て、怪談話するのかッ。

「それ、わたしも一年の頃、合唱部の先輩に聞いたことがあるよ。それでその少し後に、焼却炉で……見つかったんだよね?」
「見つかったって、何がだよ?」
「だから、その……」

 口ごもるな! 怖いだろ!
 そう叫びたい俺だが言えず、隣にいた壇の腕をガシッと掴んだ。「なんだよっ」と小声で嫌そうに言われたが、俺は逆に睨み返した。うるさい、怖いと思う人間の気持ちがお前にわかるのか!
 穂坂の言葉を継いで、飛坂が語り出した。

「それを見つけたのは、当時の校務員だったって話よ。初めは清掃のたびに、焼却炉の周りに落ちていたのを何の気無しに拾ってたんだって。陶器か何かの破片かと思っていたら案の定―――次第にぴったりとくっつく部分が見つかるようになってきたらしいの。それである晩、当直の暇潰しでパズル代わりに組み立ててみると―――」
「ま、まさか……」
「出来あがっちゃったのよ。人間の―――頭蓋骨」
「―――!!」

 ガタンッと椅子が倒れ、その視線が俺に集まる。
 思わず勢いをつけて立ちあがってしまった俺は、ハハハと乾いた声を出しながら倒した椅子を戻して座った。気を取り直した壇が「そ、それってまさか、焼却炉で消えたっていう奴のかよ!?」と訊いた。それに対して飛坂は肩をすくめただけだった。

「さあね。本当のところはどうだか。校務員はその翌日、突然辞めちゃったそうだし、骨らしきものも行方不明だし」

 な、なんだ、実際に見た奴はいないのか、と俺がほっとすると「他にも焼却炉の中から、獣の唸り声みたいなのが聞こえたとか」という聞き逃せない言葉が飛坂から出た。獣の唸り声――熊のように巨大な双頭の犬が浮かぶ。いきなりアタリを引いたのか、思案する俺とは別に飛坂たちの話が進む。

「噂はキリがないしね。ただ、怪我をした子からの聞き取りでは、何か白いものを見たらしいのよ」
「白いもの? それってもしかして……幽霊とかかな!?」

 穂坂が身を乗り出しそうなほど輝いた表情を見せて飛坂の言葉に反応した。
 う、穂坂は俺の癒しだと信じていたのに。まさかの興味津津。

「……弥紀、目が輝いているわよ。ホント好きなんだから霊とかそういうの」
「す、好きって言うか、ただ、わたしそういうの全然見たことないから……。だって、見える人はわたしとは違う物が見えている訳でしょう? そういうのって何か……すごいなって。あ、ご、ごめん。一人で夢中になっちゃって……」

 しょんぼりとされては俺も何も言えない。
 いや、気にしなくていいよ、と少し大人の階段を上りつつ俺が頷くと「ふふ。ありがとう、七代くん」と穂坂が言った。う、可愛いな本当に。

「はいはい、呑気な会話はそこまでにして頂戴。ともかく、問題はそれが幽霊かどうかとかじゃなくて、これまで焼却炉に纏わる噂には《白っぽい物》なんてのは無かったって事なのよ」
「確かに、白っぽい物や幽霊の話は、トイレとか特別教室に多いものね。屋外でっていうのはあまり聞いたことがないかも」
「……ホントに好きなのね」

 ……ホントに好きなんだな。
 飛坂の呆れとは違う、また別の気持ちで俺は内心そう呟く。
 そのなかで穂坂ほどではないが壇も興味をそそられたらしい。

「ふん、なるほどな。白、なんてキーワードが急に出て来たのは確かに妙だ。一体、そいつは何だ?」
「……その為に、アンタたちを呼んだのよ。退屈な學園生活を彩る噂話であるうちは目を瞑ってきたけど、実際に怪我人がでた以上、放ってはおけないわ。転校してきたばかりで悪いとは思うけど……七代君、この騒ぎの原因を突き止めるのに協力してくれないかしら?」

 焼却炉の噂。
 これにカミフダが関わっている可能性があるなら俺にとってこの申し出は願ったりだ。だが、それだけではなく飛坂の真摯な言葉に動かされた気がする。すぐに「學園の一生徒としてできるだけの協力をするよ」と返事をしていた。飛坂は散々嫌がっていた俺を見ていたせいか意外そうな顔をしたが、「へえ……話がわかるわね。うん、気に入ったわ」と今日初めての笑顔を見せた。

「ま、心配しなくても有事の際は、あの馬鹿が何とかするわよ。道理さえ通っているなら怖れも容赦も敗北も無い―――でしょ、壇?」
「ちッ、知った風な口を利きやがって。わかったよ。手ェ貸してやる。ま、俺もその原因とやらに興味はあるしな」
「じゃ、決まりね。後は―――……ダメって言っても付いてくる気でしょう?」

 立ちあがった俺と壇に続いて、穂坂も立ちあがる。

「もちろんッ。あ、ちゃんと邪魔にならないようにしてるから……」
「ホント、怪我だけはしないよう気をつけてね? それじゃ、早速校舎裏へ向かうわよ」