27 | ナノ

――1

 最後の大型シャドウ討伐を控えた10月の末。中間試験も終えた解放感に包まれたクラスメイトとは裏腹に、真宵たちのいる寮はそれほど和らいでいなかった。
 むしろ紛らわしていたものがなくなったような気がして、真宵はそんな思考が浮かんだことに溜息が出た。

 そういえば、生徒会に顔を出すつもりだったんだ。

 明日の生徒会では珍しく美鶴も顔を出すと聞いていたが、風花と一緒に買い出しに行く約束をしている。鞄を持って教室から出ようとして、隣に座っているアイギスの様子が変だと気付いた。いつもは帰宅部(まだ部活には早いという判断だ)の鑑と言われんばかりのテキパキさで寮に帰っているのだが、席に着いたままだ。

「アイギス?」
「………」
「アイちゃん?」
「………」
 
 順平みたく言ってみたが、アイギスの反応がなくて真宵は戸惑った。するとアイギスがハッとした表情で真宵を見上げると「すみません、考え事をしてました」と言った。よっぽどのことだったのだろうか、と真宵が訊ねると、

「わたし自身は、この学校生活で何を得るのだろうかという事に関して…。でも非生産的な思考ですね。わたしが考える事ではありません。…真宵さんはこれから生徒会でしたね」
「あ、うん…」
「では、わたしは寮に帰還いたします」




「どうかしたのか? 上の空だな」
「ああ、ごめん。ごめんついでに今、どこまでやってたっけ?」
「……もうそれで最後だ」

 パチンとホッチキスでとめた真宵は、呆れ混じりの表情をした小田桐に苦笑いしながら、その製本した書類を渡すとクスクスと笑い声が聞こえた。
 
 最近になってようやく煙草の吸殻事件も解決した生徒会は、最初の頃より雰囲気が和やかとは言えずともピリピリしたものはなくなっている。

「今日の分はそれだけでいい。…丁度いい時間だな、今日はここで終わろう」
「じゃあ、お先に失礼しまー…アレ?」

 寮にアイギスがいるだろう、と真宵が席を立つとヴヴヴッと振動が鞄から伝わった。

 振動は三度ほどすると切れてしまう――メールだ。
 真宵はふと目が合った小田桐に両手を合わせて拝むポーズをして生徒会室から出た。扉を閉めて廊下を歩き、階段を下りながら、鞄から携帯電話を取り出してメールの受信箱を確かめる。

 真田先輩、と表情されていた。

「今日は何かあったっけ」
「そこ、危ないよ」
「う、わっ」

 階段の最後の一段を踏み外しかけて真宵はドキッとした。
 アイギスのことを心配している場合ではなかったかもしれない。ドキドキした心臓を押さえながら声をかけてくれた人物を見やった真宵は、あ、と声を上げた。ふわふわしたような笑顔が印象的だった、写真部の部長だ。

 部長の彼も真宵のことを覚えていたらしい「あ、君は」と驚いた顔をすると、あのふわふわした笑みを見せた。

「やあ。偶然だね」
「この前は、その、ありがとうございました」
「ううん。あ、君は帰るの? て、あれ、今、何時だっけ?」
「………」

 なんていうか、のほほん、としている人だなあ。

 真宵の周囲には居なかったタイプの人だ。神木(も違うかもしれないが)のような、落ち着いている、というより彼の周囲だけ流れが違うようにも思えてしまう。
 眼鏡の先輩は時間を確かめると「うわあ、こんなに時間が経っていたんだ」と困ったような顔をしたが、

「まあ、いいか」
「……すごい、アバウトですね。先輩」
「うん。今日はね、部活がなくて……部活がない日ってかえって手持ち無沙汰になっちゃうよね。僕はいつも、この通りぶらついてるんだけど」
「あ、あの」

 話が長くなるなら困る、と真宵が切り出そうとしたが先輩は変わらず「あのね、このあいだ暴力事件に巻き込まれちゃった荒垣君って、君は知ってる?」となめらかに言ったので、真宵は言えなくなった。しかし、先輩は荒垣と真宵が知り合いだと知っている風ではなく、動揺した真宵にも気付かなかったようだ。

「はい」
「そう。…僕ね、初等部から月光館にいるから、彼が転校してきた日のこと、覚えてるんだ。同じ頃に来た真田君と、あのころからすごく仲よかったんだよ」
「分かります」
「でも、今と違って真田君はおとなしいっていうか、ちょっと萎縮してる感じで、それを荒垣君がいっつも、引っ張りまわしてたんだ。子供が見ると『親分子分』みたいに見えちゃうんだけどさ、きっと荒垣君、こいつは俺が守ってやるんだ! って子供心に思ってたんだろうね」

 先輩の話す過去が、真宵にはまるで想像つかなかった。
 大人しい真田と、それを引っ張る荒垣――ほんの最近の彼らしか知らない真宵には想像するのが難しいが、荒垣が真田のことを大事にしていたのはわかる。

「……僕ね、こんなんでも、いわゆる医者の息子だから考えちゃうのかな。荒垣君、まだ意識が戻らないって聞いていて、真田君もご家族も辛いだろうね。……こういうのって、避けられるならやっぱり回避したいものじゃない? だからさ、本人の意思だけじゃなくて周りの人のためにも、人の命を救うのって、意義のあることだよね」
「先輩は、医者を目指しているんですか?」
「うーん、悩み中、かな…」

 そう言って、先輩はチラリと掲示板に貼られたポスターを見やった。写真・絵画の高校生コンテスト。読めば、すでに夏に締め切られているものだったが、まだ剥がされていないらしい。

「私は、そんな風に人の命を考えてくれる先輩が医者になったら患者さんは幸せだと思います」
「え?」
「あ、別にすすめているわけじゃないんですけど。もしも自分や大切な人が危ない目にあったとき、そう考えてくれるお医者さんに命を預けたいなあ、と」
「…そっか。はは、けど、驚いたなあ。医者の息子だから医者になるのが当たり前って思われることの方が多いから…」
「先輩?」
「うーん、君は不思議な子だね。そういえば、話しこんじゃったけど、大丈夫?」
「! あ、…わっ! メール確かめてなかった! えと、じゃあ、先輩、さようなら!」

 手を振って駆け出す真宵に「気をつけてねー」とのんびりとした声が投げられた。


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