02-2 | ナノ




「大丈夫……って?」
「身体が資本じゃねーか」
「そうですね」

 そこは真宵も頷ける。
 学校にしろ、部活にしろ、委員会にしろ、タルタロスにしろ、身体が万全でなければその日のできることの幅は狭くなる。気分の浮き沈みもあるだろうが、大体は身体を気遣うことが大事だ。頷く真宵に荒垣は「んなのに、どいつもカップ麺とかばっか食ってんだろ」と溜息をついた。

「まあ、ペルソナってのは『心の力』だそーだから、――好きなモン食ってるほうがいいのかも分かんねーが……」

 そこまで言って荒垣は黙る。
 真宵は瞬きをして口の中のものを咀嚼しながら、やっぱり優しい人なんだな、と思った。不良とかなんとか言われているが実際、こうやって会話も真宵からだけの一方的なものではなく続いているから良識ある真面目な人なんだろう。

 美鶴も真田も真面目だが時々暴走しがちな面がある。この人が多分、なんだかんだで支えていたんだろうな、と口のなかが空になってから真宵は言った。

「先輩は優しいんですね」
「……何度も馬鹿言ってんな。お前は俺を勘違いしている」
「自分でそういう性分だって言ってたじゃないですか」
「そういうつもりじゃねーよ」

 そこまで言って荒垣はムッとした顔をした。
 先程のやりとりのような会話になったことに荒垣も気付いたらしい。

「別にからかっていません。昨日も言いましたけど、優しいって思うから言うんです」
「餌付けされてそう思っているだけかもしんねえだろ」
「……餌付けっていう自覚があったんですか」
「お前が言ったんだろうがっ」

 思わず引いた真宵に、荒垣はくわっと目を怒らせる。
 少し恥ずかしそうな、怒っているようなそんな荒垣に真宵は、真面目な人だなあ、と再度認識して一緒に出された緑茶を飲むと、舌打ちのあとに「とにかく、機会があったら、お前から言ってくれ」と荒垣は言ったのを真宵はキョトンとする。

「だから……ちゃんとしたモンを食えってな。俺が言っても聞きゃしねーだろ。特にアキのヤツなんかはな……」
「そんなことないと思いますけど。あ、でも、少し真田先輩は荒垣先輩のこと好きすぎますよね」
「その言い方はやめろ……! 変な色眼鏡で見るな、そういうのは中学ん時で十分だ」

 女のやっかみはこりごりなんだよ、と呟く荒垣にはどこか哀愁が漂っている。
 もしかしたら今日のゆかりみたいに邪推されたのかなあ、とちょっと可哀想な気持ちで付け合わせの野菜を見た真宵は箸が止まった。炒めたピーマンとにんじん、たまねぎの添え物だ。炒めてすこししぼんでいるが間違いなくピーマンである。
 そっと見なかったふりをしようとしたが、じっと見ている荒垣と目があった。

「……お前、その付け合わせ、残す気じゃねえよな?」
「…………食べさせていただきます」

 キラリと光るお母さんの目(真宵にはそう見えた)に負けて、真宵は残さず全部食べきった。

 今日は真宵しか食べなかったので自分の分は払うと言って勘定をすませたあと、コロマルのドッグフードを新調するということで、普段より高めのドッグフードを買うと「持って帰れ」と荒垣言われた。しかし、照れているんだ、と真宵は背を向けた荒垣の腕を強引に掴んで寮に帰った。





 コロマルのドッグフードを新調しようと思ったのは同じ味だと飽きるだろうと思ったからで。そして他の連中が特に気にしていない(まず自分の食事に気を遣わない奴らだ)のを、自分が気遣ったというのがバレたくないだけで。
 買ったものは真宵に渡して自分はクラブにでもいようと思ったのを、真宵は察していたらしく「駄目です」と言って、あまつさえ腕まで組まれてずるずると寮まで引きずられて戻ってきた。

 こんなの寮の連中に見られたら、とどぎまぎしながら入った荒垣の不安は的中した。

「あ、おかえり、真宵ちゃん……え、と」

 やっぱりこうなったじゃねぇか、いらんことしやがって、と荒垣は真宵を睨む。
 この娘は鈍感なのか察しがいいのかわからないが、どうも元気がありすぎるところがある(しかも荒垣としては微妙な方向にだ)。ラウンジのソファーに座っていた風花は荒垣と真宵の姿を見て少し戸惑ったような表情を見せた(その向かいに座っていた真田は何も思っていないらしい)。

 このはねっかえり娘――と荒垣は風花にでさえ八つ当たりしそうな気持ちになるが、真宵は気にしていないのだろう「ただいま」と笑顔で風花に言うと、あっさりと荒垣の腕から手を放してドッグフードの入ったビニル袋を見せた。

「コロマルのドッグフードを新調してきたよ」

 その言葉に、ワンワンッと嬉しそうな声を上げてかけよってきたのはコロマルだ。そしてアイギスとゆかり、順平も顔を出す。仕切りの向こうから見える空のカップ麺や弁当箱を見る限り、カウンターで食事を済ませていたらしい。
 牛丼の容れ物も見えたがあえて無視した。その隣にプロテインなるものを視界に入れてしまうといらんことを言いそうになる。

「真宵、居ないからまたアルバイトかと思った」
「シャガールは月曜から水曜だけだから」
「あ、これって普通より高いやつだよね。手が出せないなって思っていたの」
「高いってどれくらいなんだ?」
「少なくともカップ麺よりは高いんじゃない?」

 ゆかりの言葉に「何ぃ!?」と順平はショックを受けたようにドッグフードを見た。
 それをじっと見つめた順平は「前に確か、下手なものよりドッグフードが美味いって聞いたことあるな」と呟いた。それ以上偏ったものを食ってどうする。というより、それはコロマルのために買った奴だ、と荒垣は思うが会話のなかに入るつもりになれずに、感謝の意をこめるように近づいて尻尾を振ってきたコロマルの頭を撫でた。

 そして真宵が「冷蔵庫に入れて来るね」とドッグフードを持って離れると、アイギスはコロマルを見やって荒垣に視線を移した。

「コロマルさんが大喜びであります」
「そうか。ま、いつもおんなじじゃあ、犬でも飽きるな」
「グルメ志向なんだな、コロマル。ま、美味いほうがいいのは大抵そうだけどさ」

 頷く順平にアイギスは「なるほどなー」と同様に頷く。
 アイギスにはない感覚であるから感慨でもあったのだろうか、と荒垣は思っていると、

「では、荒垣さんはコロマルさん同様に、真宵さんに餌付けをしているのですね」
「はっ!?」
「アイギス!?」
「餌付け!?」
「ちょっと待て―――!!」

 驚く二年生に並んで荒垣も柄にもなく叫んだ。
 賑わっている1階に下りてきた天田が階段で思わず、びくりと固まるくらいに大きな声だった。アイギスの爆弾発言に二年生が食いつくのをやめない。

「ちょっとアイギス、どこでそんな言葉覚えたの!?」
「昨晩、真宵さんが荒垣さんと喋っているときに“餌付けされている”と言って、コロマルさんに同意を求めていました」
「いらん会話をチョイスするな!」

 つーか、やっぱり居たのか、とあの時のタイミングを思い出して荒垣は歯噛みするが、それが失言だったことに気付いたときは遅かった。

「え、……マジで?」
「アイギスがこの手の冗談をぶちかませないとは思っていたけど」
「オイ……」
「そういえば、さっき、リーダーと腕組んでいたのって……」
「腕!? ちょっとそれはもう、完璧にそれじゃ……あ、でもなんか安心した。あの子にはそっちの気があるんじゃないかって心配してたんだ……」
「真宵っチの好みは荒垣サンだったのか。つーか、デキてるのか?」
「お前ら……!」

 ドスの利いた声が出る。
 自ら墓穴を掘ったとはいえ、勘違いだ。訂正しなければという気持ちと同時に、どうしようもない苛立ちも湧く。真宵が余計な行動をしなければからかわれることはなかったのだ。どうすればいいんだ、と拳を握りしめると、真宵と天田がカウンターに顔を出した。

「何か盛り上がっているけど、どうしたの?」
「すごい騒ぎで上まで聞こえましたよ。近所迷惑になるんじゃないですか?」
「ねー、なんかすごい」

 お前のせいだろーが。

 ギロリと睨んだ荒垣の凄みに、真宵と真田、コロマル以外はビクリと震えあがった。




2009/09/12