26-4 | ナノ

――4

 最後の大型シャドウ掃討が近付いてくる。
 シャドウ掃討を目的に造られたアイギスにとって、大型シャドウを全て倒して影時間が消えるとすれば役目を終えることになる。今、アイギスとテーブルを囲むように真宵、ゆかり、順平が会話をしていた。その内容は「影時間が消えたらどうしたいか」というものだ。
 ゆかりは自販機で買った剛健美茶を開けると「影時間が消えたら、私はやっぱり部活かなー」と言った。

「今までずっと部活の上に勉強とシャドウが乗っかってたでしょ? だから部活に思いっきり打ち込めたのって実はあんまりないんだよね」
「オレの場合、影時間が消えたらもっとゆっくりグッスリ眠りたいぜ。だってタルタロスに行った時は大体ヘトヘトで寝てるだろ? そうじゃねえんだよ。もっとこう、惰眠を貪りてえワケ」
「ああ、それ分かるね。私も最近、お肌とか下降線だし」

 お肌が下降線。

「わたしの場合はクリーニングすれば容易に最良の状態に戻せます。有機体の皮膚というのは、メンテナンスが大変でありますね」
「はあ…お気遣いどうも…」
「アイギスは、どうするの?」

 アイギスの隣に座っていた真宵が訊ねてきた。

「影時間が消えたらどうするか…わたしはその質問には答えられません」
「考え中、ってこと?」

 その言葉にアイギスは首を振る。

「わたしは対シャドウ兵器として稼働し、シャドウ掃討を存在意義とするものです。よってその任務を完遂すれば、もはやわたしに存在意義はありません。影時間が消えたらどうするか…それは私には関係のない事であります」

 その時、当然のことを伝えたはずだった。
 だが、アイギスの答えにその場にいた全員が哀しそうな表情をしたのがよく分からない。役目のない機械は廃棄されて当然だ。寮のメンバーだけでなく、アイギスの目に映る人の生活を見る限り、道具や機械は不要になれば捨てている。
 何が「違う」のかアイギスには分からなかった。


****


 みんなで楽しんだおにぎりパーティの後片付けをした後。
 天田との約束通り、真宵は「天田の行きたいところ」に来ていた。

「すみません。一人だと、こわかったから…」
「夜だしね」

 それだけではないのだろうけれど、と真宵は天田の隣で涙が出そうになるのを堪えた。

 天田と天田のお母さんが一緒に住んでいたという場所。
 天田のお母さんが死んでしまった場所。
 そして荒垣が倒れた場所。

 あれから2週間以上経って、真宵自身、落ち着いたつもりだったが傷は傷のままで、瘡蓋を剥がされればまた新鮮な痛みがわくらしい。裏路地にはスプレーの落書きが沢山施されているが、空き缶やペットボトルなどの人の居た跡はなく、今ここを溜まり場にしている様子はない(荒垣の事件が尾を引いているのかもしれない)。

 目に溜まった涙を天田に分からないように拭った真宵はじっとその場を見つめている天田を見やる。
 真宵にとってここは荒垣が倒れた場所というだけではない。怨霊調査で来たとき助けてもらった場所で、そして荒垣と話しをした場所だ。苦しくて辛いだけの思い出の場所じゃない。
 そしてそれは天田にとっても同じだろう。母親を失った場所で、自分を庇った荒垣が倒れた場所だとしても天田にもこの場所で気付いた母親との思い出がある。

 荒垣にとってはどうだったのだろう。
 辛い、だけだったのだろうか。

「……、……」
 
 黙って見つめていた天田が俯いたのが見えた。
 真宵はその小さな手を取って握りしめるとハッとした顔で天田がこちらを見上げてきた。

「大丈夫、私がいるよ。それにみんなもいるから」
「はい…ありがとうございます」

 悲しそうに、だけど天田は微笑んで手を握り返してくれる。その小さな温かさに真宵は自分が励まされている気がした。
 ふう、と息を吐いた天田が「生きるって…難しいですね」と呟いた。

「生きていくって…つらいですね…」

 今度の言葉は先程よりも小さく、そして震えていた。
 泣いてしまったのではないかと真宵は顔を見たが、涙は出ていない――でも泣いている。

「真宵さん…」
「………」

 何も声をかけられず、ただ天田の手をぎゅっと握るしか真宵にはできることはなかった。




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