「おにぎりパーティなんて考えたよなー」 これなら失敗はまずねーし、とそこは小さく呟いた順平に「色んな具を用意したからね」と風花が炊きあがった炊飯器をテーブルに乗せた。その様子は楽しげで風花がそれほど落ち込んでいないことに真宵は安堵した。 中間試験も終わった10月20日――風花の友達である森山夏紀が今日、転校したのだ。 森山は転校のことを、風花を含めた周囲には伝えていなかったらしく、風花の受けた衝撃はどれほどのものだったのか分からない。真宵も転校していった沙織のことを思うと、送り出す気持ちより寂しさの方が強かった気がする。とくに人を気遣う風花なら尚の事と思って、みんなで「試験勉強解放祝い」と称して夕食をおにぎりパーティにしたのだが、 「なんだか、思ったより元気っていうか…雰囲気変わったかも?」 「前より華やかになった?」 「華やかって、アンタ……うーん…前は本当に引っ込み思案だったけど、今はもっと、こう…」 ゆかりは鮭フレークの瓶の蓋を開けながら、言葉を選ぶように「控え目で、包容力があるってのかな?」と言った。なるほど、包容力。確かに風花を言うならそれが一番当てはまるかもしれない。納得する真宵に「てか、真宵も…大丈夫?」と訊いてきた。 それが何を言っているのかわかって真宵は苦笑した。 「うん…。大丈夫っていうか、大分落ち着いた」 「そっか」 「ありがと、ゆかり」 「ん…でも、辛くなったら聞くから」 「ゆかり、私のお姉さんみたい」 私の方が年上なのに、と笑うとゆかりは「ホント、私より年上なのよねー」と信じられないというような顔をした。クスクス笑い合っていると「真宵さん」と声をかけられて振り返ると天田が居た。同じように天田を見たゆかりが「じゃあ、用意するから」と離れて行くのを見て、天田は「あの、すみません」と申し訳なさそうに言った。 「謝らなくていいよ。あ、…何だっけ?」 「えと、この後、時間がありますか?」 「この後っていうと…夕食のあとでいいのかな」 「はい…。あの…行きたいところがあって…それで、一緒に…来てくれませんか。お願いします…」 心細そうに見上げてくる天田に真宵は、うん、と頷くと天田は「…ありがとうございます」と緊張していたのか深い息を吐いた。 **** 影時間が明けてすぐに救急車で搬送された荒垣は、大量出血に加えて内臓もかなり機能を弱くしていた。そのとき、病院にまで付いて行ったのは、真田だけで――残っていた真宵はその場にいた天田が居なくなっていることさえ気づかないほど動揺していた。 翌日他のメンバーに説明するために美鶴に招集された真宵たちは、そこで荒垣と天田の関係と、荒垣の状態が芳しくなく、意識の回復の見込みは無いと告げられたことを聞いた。あの場で真宵は誰の顔も見ることができなかった。 一命を取り留めたが、助けられなかったこと。 何もわかっていなかったこと。 一番辛いはずの天田を引き止めてあげられなかったこと。 頭を駆け巡るそれらのことで、真宵を責める声はない。それでも、じくじくと内側が腐っていくような怖さに怯え――それから一日がまた開けて、ラウンジで真田と天田を除く全員が揃っていた。居なくなった天田を放っておくように言った真田の言葉に誰も動けずにただ帰りがすぐわかるようにと通じているのか、誰も寄り道などせずに数時間、ラウンジで時間が過ぎるのを待っていた。 「もう、丸一日か…」 「…そうだな」 「つか真田サンは?」 「放っておけって言われたけど、そろそろ、探しにいった方が…」 風花の言葉に美鶴は「そうだな…」と一度黙考するように瞼を閉じる。そして、瞼を開けると「君はどう思う?」と真宵に訊ねてきた。一瞬、言葉に詰まる。 「……探しにいくべきだと思います」 なんとか絞り出した言葉に「やっぱそうだよね…小学生なんだし…」とゆかりが頷く。 それがきっかけになったのか、ずっと座っていた風花はすくっと立ちあがる。 「風花…?」 「…私、やっぱり、もう待てません! 今からでも探しに…」 続くはずの言葉が途切れる。 風花の視線だけでなく全員が玄関の扉を見ると、天田が入って来た。すぐさまコロマルが尻尾を振って天田に近付くのを見て、ようやく本当に天田が帰って来たのだと全員が実感を覚えた。 「天田君ッ!?」 「よかった…ほんと…心配したんだから…」 風花は今にも泣きだしそうな顔だ。そんな風花の様子に天田は「心配…?」と言葉を繰り返して、下を向いた。とにかく天田が戻ってきてよかったと安堵の表情になった真宵やゆかりたちと同じように美鶴も表情を緩ませていたが、スッとソファーから立ちあがると天田の傍に立った。 天田の視線が美鶴に向かう。 「天田……戦えるのか?」 「はい。…もう、勝手なことはしません」 思ったよりしっかりとした声が天田から出た。 その様子に順平が「大丈夫なんだろうな?」と念を押す。天田がS.E.E.Sに入った当初の目的は全員が知っている。それがどんな目的であれ確固たるものだったものを失った天田にこれからも戦えるのかと問うのは「止めてもいい」という順平なりの優しさだったのか――しかし天田は美鶴に答えたときよりもハッキリと「はい」と頷く。 その言葉に風花は「大丈夫…天田くんは、ウソを言ってない…」と全員をみやる。信じていなかったわけではないが、風花の言葉は天田がここに残る――生きるということを伝えることだった。 「…ったく、心配させんなよ?」 ぐりぐりと天田の頭を撫でるゆかりに順平が「ホント、ホント」と気の抜けた笑みを浮かべた。 美鶴も「…分かった。理事長には私から言っておく。…休んでくれ」と天田に今度こそ笑みを向けた。 天田の帰宅を確認できたとなって、それぞれが自室に戻った。 真宵も自分の部屋へと入って着替えながら考えていた。天田が帰ってきたとき、真宵は、どうしても言葉が出せなかった。戻ってきてくれて嬉しいと思うのに、それよりもはるかにポッカリと胸に空いてしまった大穴が痛くてどうしようもない。 案外そーゆーのって、自分は自然にしてるつもりが逆に不自然ってこと。 つい数日前にゆかりが言っていた言葉。 結局、自分は天田のことに気付かなかった。荒垣には違和感すら覚えていたのに、こんなことになるなんて思いもしなかった。 終わったことをどうにかできる話ではない。頭ではわかっている。 なのに、それを無視して心だけはただ痛いと言っていた。 →next |