25-3 | ナノ




 タカヤは足元に倒れている男、荒垣を見ていた。
 気だるい眠さに蝕まれた身体が、シャドウとは違う『死のニオイ』に惹かれるのにまかせて来た場所で、見つけた機会を逃すつもりはない。邪魔な人数を減らせるなら、それもいいが、

「…どうしたのです? 教えてもらえませんか?」

 足に食い込んでいる爪が段々と緩んでいく。
 限界は近いらしいと悟ったタカヤは、それとも、もう口が利けませんか、と更に言葉を重ねた。

「…――い」
「はい?」
「そ、そんな奴は…いな…」
「………そうですか」

 残念そうに荒垣の答えを聞いたタカヤは、もう一度荒垣の傷口を蹴りあげようと、足を振り上げた瞬間、「待って!」と制止する声が耳に届いた。ああ、そういえば少年が一人、この場に居ましたね、と場違いなことを思いながらタカヤが視線を向ける。

「ぼ…僕だよ!」
「ほう…。本当ですか?」
「…ああ、本当だよ。それが出来るから…だから僕は、子供でも戦いに加えてもらったんだ」
「……なるほど」
「な…!? なに…言って…、ぐあっ!!」
「…お静かに、あなたには、訊いていません」

 荒垣の言葉にタカヤはじくじくと染みをつくっている脚の怪我を踏み潰した。

 荒垣に言われずとも少年が真実を言っていないのはわかる。重要なのは、ここでタカヤの質問に答えられるのは二人の人間。しかし、その二人ともタカヤの質問に対して真実を伝えるつもりはないらしいということ――ならば、邪魔者は退場してもらいましょう。

「そうですか…。では、どのみち二人とも死ぬのですから、私が今、確実に息の根を止めてあげましょう」

 カチリとリボルバーを回して少年に狙いを定める。

「……。…どうだっていいさ…僕の復讐は…もう終わったんだ。…もう、ここにいる理由だって、もう、これ以上、戦ったって…」
「…なるほど、君は充分に、生きたというわけですね…。そう、人はいずれ死ぬ。タイミングが少し前後するだけの事です」
「………」

 喚きもしない、逃げもしない。目の前の死に安息を求めているのが手に取るようにわかる。
 少年の様子にタカヤの口角が自然と上がる。

「すばらしい覚悟だ…」
「母さん…」





 辰巳ポートアイランドに着いた真宵と美鶴は「美鶴! 日暮!」と聞こえた方を見ると、真田とコロマルがこちらに走ってきていた。どうやら追いついたらしいとわかったが、真宵はそれを可能にした美鶴の運転の荒っぽさにバクバクする心臓を落ち着かせようと深呼吸してバイクから降りた――いや、それだけじゃない。
 ざわざわと胸のあたりが騒いでいる。

「さっき、山岸から連絡があった。辰巳ポートアイランドで間違いない」
「すぐに2人……それとストレガを見つけねばならない」
「ああ、ここから走ればすぐに…」


 ドォンッ


「!?」
「今のは、銃声…!」
「ッ…!」
「おい、日暮!」

 美鶴の言葉を無視して、真宵は銃声の聞こえた方に走りだしていた。すぐ後ろから「明彦!!」と美鶴が声を張るのが聞こえるが、真田が後ろにいるかを振り返る余裕すらなかった。

 暗くてわからない道をただ思うままに走ると、見知った場所に抜け出た――銃声を向けるストレガ、タカヤの前に青白く光る、黒い馬にまたがった騎士が立ちふさがっている。そして、天田の前には荒垣が庇うように立っていた。

 よかった、間に合っ――


 ピシッ


 真宵が声をかけるよりも先に、荒垣のペルソナ、カストールが嫌な音を立てた。
 ピシピシッと幾つもの音を立ててカストールに青白い線が広がると、パシンッと破裂するような音を立ててガラス細工のように砕けると、それと同じく荒垣の身体が倒れた。

「せんぱ…」
「シンジッ!!」

 ゴウッと唸りを上げて真宵のすぐ傍をポリデュークスが雷電を纏って抜けていく。その光が自身に当たる前にタカヤは素早く後ろへ下がると、身体から光を放出させて翼を背中から生やしたような少年――ペルソナを出現させて攻撃を受け流した。

 バチバチッと派手な音を立てて電光が弾け、タカヤの傍にあった壁を焦がした。

 そのなかを、真宵は動けずにいた自分を叱咤して真っ先に荒垣の傍に駆け寄った。

「フウ…お仲間ですか。ここで水を差すとは、興ざめな事を。では…いずれまた」
「待てッ!!」
「…先輩っ…!」
「……ッ、…シンジッ! シンジ、おい! しっかりしろ!!」

 荒垣を仰向けにして真宵はすぐにディアをかけるが、一度の回復だけでふさがるような傷ではない。血で濡れるなど構う余裕もなく真宵はてのひらを傷口に当ててディアを何度もかける。

「荒垣!」

 追いついた美鶴とコロマルに、真田は「美鶴! 病院はッ」と訊く。美鶴は悔しそうに顔を歪めると、

「無理だ…影時間では、携帯も…」
「くッ……シンジッ!」

 声に反応したのか、薄く目を開けた荒垣は視線を上に向けると「……っ、あま、だ…」と途切れ途切れに名前を呼んだ。

「へっ…なんて顔だ。せっかく…望みが、叶ってのによ」
「……あらがき、さん…」
「憎しみを…すぐに…捨てなくていい、力にすりゃ…いい」
「喋るな、荒垣!」

 美鶴も真宵の手の上から回復魔法をかけながら言う。しかし荒垣はゴボリと口から血をこぼしながら、

「お前は…まだガキなんだから…こっからだろ……」
「僕…は…」
「これからは…てめぇの為に…生きろ…」

 直そうとしてもじわじわと血が溢れてくる。
 まるで命そのものが溢れているようだ。怖くて泣き出しそうになる。荒垣は言葉を詰まらせた天田から真田に視線を向けると、「…アキ。こいつを…」と短く言葉をかける。真田が「…ああ」と強く頷いたのを見て薄く笑う。

 ふと真宵の頬に手が触れた。
 視線を向けると、荒垣が苦々しい表情で指を動かす。

「泣くな……真宵…」
「…泣きません、泣きませんからっ」

 先輩も居なくならないで、と自分でも酷く弱々しい声が出た。

「……そう…だった、な」
「先輩…」
「……笑って、…くれ」

 頼む、と荒垣に言われて、真宵は無理矢理に笑顔をつくった。
 それに微笑した荒垣が瞼を閉じて――頬に触れていた手がずるりと落ちた。



 to be continue...?