超短編 | ナノ







 金吾にとって戸部と並ぶほどに鮮烈な印象を与えた人物が一人いる。
 彼は金吾にとってあまりにも大きな存在で最初は決して尊敬を抱いていなかったが、それでもいつもその背を追い掛けていた。




「じゃあ、裏山をもう一周しようか〜」
「ひぃいいいイイィッ!?」

 のんびりとした声で後輩たちを促す四郎兵衛が走りだす。すでに裏山を二周こなしていたのもあって上げられた悲鳴には若干切迫した響きが滲んでいた。

 金吾はこれも鍛練だと五年目にもなれば耐性がついている自分に少々ため息が出る。日本刀を担いだまま走り込む金吾に下級生の一人が息も絶え絶えながら声をかけてきた。

「皆本先輩ぃ。時友委員長を何とかしてくださぃいっ」
「委員長命令だ。諦めろ」
「諦めろッて、先輩しか委員長を止められないんですよぉ!?」

 責めるような響きに金吾はうんざりして「喋る元気があるならまだまだ大丈夫だな」と見やる。するとその下級生は「んなッ!?」と目を丸くして青ざめる。

 ちょっと言い過ぎたか、と反省して考える。何せ委員長命令は絶対の体育委員――今までも、暴君と呼ばれた者、やたらと自慢話が長い者、知らぬ間に迷っているくせに立ち止まらぬ者と曲者ぞろいだった。

「まあ、何だ……慣れるから」

 多分。

「そ、そんなああ〜〜ッ」

 どんよりとした声。
 確かに金吾もかつて、かの暴君に振り回されはじめた頃は悲鳴を上げたりしていた。彼の背を追うというただそれだけのことがやたらめったに難しかった。


(みんな、げんなりしていたっけか……――いや、でも)


 前を走る背中を見る。
 いつもすぐそばを走っていた背中の主の横顔を思い出す。


(四郎兵衛先輩は、一度も嫌そうな顔はしていなかった…)








(この人がいちばん七松先輩と、似ているのかも)

 追い掛ける背に、かつての面影が見えた気がした。

2012/03/18 00:11