超短編 | ナノ







 夏休みをすぐに控えたこの日、兵助は火薬委員会の連絡事項を伝えるために斎藤と会っていた。

 夏休みの期間中でも、煙硝蔵の火薬を管理するために上級生は学園に何度か寄ることになっている。去年までは兵助と顧問である土井だけだったが、今年からは斎藤も参加する。

 予定表を渡した兵助に斎藤は「ありがとー」と受け取った。

「あ、兵助くん。昨日、なんだか妙に五年生の長屋が騒がしかったけど何かあったの? 三郎くんが雷蔵くんに追いかけられていたのはチラッと見えたんだけど」
「ああ…。三郎は雷蔵といるとダメになるからな」

 兵助の答えに「え?」と斎藤は首を傾げ、

「あはは。厳しいなあ」
「厳しいのはお前だ! 何、先輩の髪を掴んで切ろうとしてんだ!」

 つか二人とも呑気に会話してんじゃねえよ!と斎藤に髪を握られた竹谷が喚いた。

 そもそも兵助が斎藤と会ったのはただの偶然だ。髪結い師としての心がそうさせたというべきか。竹谷と歩いていたら斎藤が鋏片手に現れ、その藁を束ねたような髪の毛を掴み上げたのだ。
 まあ、会えたなら手早く連絡事項を伝えようと兵助は気にしていなかったのだが、竹谷はそうではなかったらしい。

「その痛みまくったものを僕は髪だと認めたくありません」
「お前の都合で俺の髪を全否定すんな! 兵助止めさせろッッ」
「別にいいんじゃないか? 確かに八左の頭は忍ぶには目立ちすぎる」
「定食の冷奴あげるから! 行きたいって言っていた田楽豆腐の店に付き合うから!」
「……タカ丸さん」

 今するのは止めてあげてください、と兵助が言うと渋々ながら斎藤は「はぁい…」と手を放した。その瞬間、バッと竹谷は兵助の後ろに隠れる。
 まだ未練のありそうな目で竹谷の頭を見ていた斎藤だったが、先ほどの話を思い出して「はい、兵助くん」と手を挙げた。

「何ですか。タカ丸さん」
「どうして三郎くんは雷蔵くんがいるとダメになるの?」
「ん?」

 斎藤の質問にキョトンとした兵助に、竹谷は「お前はいつも結論が早すぎるんだって」と苦笑する。兵助はなるほどと頷く。

「そうですね…三郎はあれでいて神経質だし、努力も惜しまない。鉢屋家という理由で目立つにも関わらず、素顔を知られないだけの用心深さも持ち合わせてる」
「あれ、じゃあ兵助くんたちも三郎くんの素顔は知らないの?」

 首を振る。
 竹谷も「気付いたときには雷蔵の顔だったからな」と言うと、斎藤は「そうだよね。僕も雷蔵くんに会うとどっちかな〜って迷うよ」と苦笑した。
 竹谷はそれを否定した。

「いや、雷蔵だとわかる」
「そうだな」
「え、そうなの?」
「雷蔵の顔をしているときは取り分け三郎は素に近い」
「他の顔の時は直感的に判断しちまうけど。雷蔵の顔になってるが自然体っていうか……雷蔵の顔だとしっくりくるって本人も認めていたしな」

 しんべヱくんの顔もシンプルで好きなんだが、やっぱり雷蔵が一番いい。兵助もそんなことを聞いたことがある。
 また、それと同じくらい三郎は雷蔵に対して依存傾向が並大抵ではない。顔だけにこだわるかと思えば習慣のほとんどを熟知している。

「う、わあ……」
「雷蔵もそこら辺大雑把だからな…。あれまあれまと言ううちに五年もそのままだから違和感ないけど」

 鉢屋三郎という忍びの弱点は不破雷蔵だと大々的にふれまわっているようなものだ。

「三郎もそこら辺は分かっているんだけどなあ…」
「無駄な足掻きになってるな」
「毎度、帰省……というか雷蔵と距離が離れる前になると足掻いてるもんな。無駄だし、こっちは大迷惑だけど」

 三郎だし。

 もっと器用に生きられるはずだったのにと思わなくないが、兵助たちはそんな不器用さがある三郎が好きだから何もしない。

 その結論に至った話に斎藤は「そっかあ…」と朗らかに笑う。

「三郎くんは夏休みにみんなと会えなくなるから寂しいんだね」

 その言葉に兵助と竹谷は顔を見合わせる。

「…そうだな」
「あいつ甘えん坊だもんな。どうする? 後で構い倒すか?」
「勘右衛門もそろそろ出先から帰ってくるだろうから、構い倒せばいいだろう」





「ぶえっくしゅッ!」
「三郎?」
「いま…悪寒が…」
「え、夏風邪?」

2012/03/17 23:54