三郎は人を食ったような表情がよく似合う。それは本人の顔ではないのに(というか雷蔵の顔なのだが)これが鉢屋三郎なのだと種明かしのようにそんな表情を見せる。けれど、と雷蔵は思う。
(それだけが鉢屋三郎ではないってみんな知ってるよ)
ようやく見つけたという心地で雷蔵は座り込んでいる三郎と同じ学園校舎の屋根にいた。沈みかけの陽光が屋根を紅く染め上げていてる。そんな暖かい光の上なのに三郎は俯いている。
「三郎」
声をかけると、三郎はすでに叱られた子どものような顔をして見上げてくる。それを見た雷蔵は唇を尖らせた――またどうでもいいことで悩んでいる。
雷蔵はいちいち悩みすぎだと言われるほど頭のなかで迷走しやすい質だが、目の前の友人と比べればそれも気にならない。頭の回転が良すぎる友人は結論を急ぐ傾向にある(兵助もそうだ)。
(そんな捨てられるみたいな顔をするなよ!)
「歯ァ食い縛れ!」
そう言って雷蔵は拳を鉢屋の頭に思いっきりぶつけた。予想していなかったのだろう、カクンッと勢いよく頭が鈍い音とともに下がった。
「〜〜〜!!? なッ、何するんだ、雷蔵ッ!」
ガバッと顔を上げた三郎は目にいっぱいの涙を溜めて非難の声を上げる。何と言われて考える。イタズラをした三郎を一発殴るために追いかけてきたのだ。
「ほら、戻ろう」
そして今、ちゃんと遂行されたのだから後は一緒に帰るだけだと手を差し出す。その手に今度はポカンと大口を開ける三郎に雷蔵は思わず、「ぷっ、僕の顔、間抜けだ」と笑ってしまうとますます三郎は困惑した表情を見せるのだからおかしい。 三郎の手を掴んで起き上がらせて引っ張っていくと、「…、な…雷蔵ッ!」と焦った声にちらりと情けない表情をした自分の顔を見た。
「なに。早く行かないと食堂のご飯を逃しちゃうよ」 「そうじゃなくてっ。怒ってるんだろ、私が勝手に雷蔵の顔を使って…」 「だから一発拳骨をお見舞いしたじゃない。あ、でもそうだよね。肝心なことを忘れていた」
足を止めた雷蔵が三郎を真正面に向き合うと、また三郎は何かを覚悟したような顔になる。けれど雷蔵はそれを無視して問い掛けた。
「三郎、イタズラをしたら?」 「……ご、ごめんなさい?」 「うん」
頷いて笑いかける。 また手を握って引っ張りながら歩きだすと今度こそ諦めたのか大人しく三郎はついてくる。
「後で、兵助と勘右衛門にお礼言ってね。新しく大福買ってきてくれたんだよ。八左は食堂で待っていてくれてる」
ほっとしたらお腹空いてきたなあ、と思っていた雷蔵の手が不意にギュッと強く握られる。
「……雷蔵。……ごめん」
多分、そのごめんはさっきのことじゃない。だけど知らない振りが一番いいんだと分かる。
寂しがり屋で甘えたがりなのに、昔から見栄っ張りの意地っ張りは治らない。しかも無駄に頭の回転が良すぎる。
(馬鹿だよ…)
「うん」 「…ごめん」
(…お前が僕たちを大好きなのはバレバレで、そんなお前が僕たちは大好きなのに、…馬鹿だ)
握り返された手をやはり強く握り返した。
2012/03/17 23:51
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