「うーん……身体を洗ったら溶けそうで怖くて手が出せない」
泥だらけでもマディは歩く。 クレイはゴーグル越しの目を細めて、ちょこまか動くマディをしげしげと見た。成分はクレイの一部が入っているとはいえ、主成分は土であるマディには人間のような体臭はない。だが、興味がクレイをうずうずさせていた。 腐っても科学者である。
「あ、クレイ」 「なんだ」
マディがしゃがみこんで指さすものを、クレイもしゃがみこんで見た。小さな黄色の花弁をつけた花が咲いている。
「これは?」 「ああ、それはタンポポだ」 「タポポ?」 「なんだその面白い名前は」 「ふーん」
聞けよ。
クレイはマディの小さな背中を見て、弟を思い出した。小さい頃はこんな風に聞かれたりしていただろうか。大きくなっただろうか、と少しずつ思い出す記憶のなかの弟はまだかわいらしい。 大きくなれば可愛くなくなるのが常らしいが。
「この白いのは?」
考えが別の方向に行っていたクレイは、マディが何を訊ねているかわからなかった。黄色の花の隣に、白い綿胞子がいる。
「……それもタンポポだ」 「へぇー、何で?」 「納得してないのに、へぇー、とか言うなよ」
まあ、説明するのは嫌いじゃない。が、どこまでマディが自分の話に興味を持つか。 思考は小さな子供だから飽きやすい。
クレイが悩んでいるとマディは泥に汚れた幼い手でくいくいと袖を引っ張った。
「クレイ?」 「んー、この黄色のが白いのになるんだよ。白いのには種がついていて、風で飛んでいく」
ほら、とクレイが息を吹き掛けると種をつけた綿胞子は飛んでいく。マディはあんぐりして飛んでいった胞子を見送った。
「ねぇ、クレイ!」 「なんだ」 「クレイも白くなって飛んでいくの?」 「……………………」
キラキラとした目でこちらを見つめるマディに緩みかけていた頬が引きつった。
確かに人間の、特に男の髪は白くなって……、と嫌な想像がクレイの頭に過り、綿毛を飛ばされたタンポポの無残な姿がいやに目につく。
分かっている。 嫌味などマディにはない。 それを行うにも知識が足りない。
単純にクレイの黄色に近い赤毛と繋げただけだろう。
「……いや、それは」
尚もキラキラと顔を輝かせるマディの目がクレイを見ている。なんて居心地が悪い。
「……タンポポと私は違う」
それが精一杯だった。
「へぇー」
やはり納得したか疑わしい返事を返されたが、今は納得したのだと自ら言い聞かせた。 クレイはどっと汗をかいた。
これからもこんな調子か。ああ、マディの服をなんとかしなくてはと、再び泥だらけになっていくマディをクレイは追いかけた。
2011/05/17 12:15
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