お母さんの名前を呟いた雅治くんになんだか心をチクリと刺された気分になった。お母さんのことを想ってる雅治くんが嫌い、だなんてあたしはどうしちゃったんだろう。今も扉の向こう側には熱に苦しんでる雅治くんがいると言うのにあたしは扉を開けられないまま作り立てのお粥を持っている。はあぁと深い溜息をつけば少し気が楽になった。けれどさっきの話を聞いていて思ったのがもし責任を感じてあたしを引き取ってくれたとしたら……あたしはどうしたら良いんだろう。だって雅治くんはきっとあたしがいるから恋人もいなければ結婚も出来ないのだ。10年の間に一人だけ女の人を連れてきたけれど一回会ったきりそれきりだ。聞けば別れたとか言っていた。それもあたしのせい…?雅治くんは子供嫌いそうで冷たそうな印象を受けたけれど実はすごく優しい


ギュッと唇を噛み締めるとあたしは意を決してドアノブを回した。





恋哀







やっぱり雅治くんの吐息は荒い。あたしは持ってきた冷えピタをそっと雅治くんのおでこに乗った髪を払い置いた。そうしたら雅治くんは微かに目を開けてぼんやりした顔であたしを見ていた。


「冷たい」


『冷えピタ貼ったから』


「こんなんいらん」


邪魔じゃあ、とかいっておでこに貼った冷えピタをポイッと投げてしまった。そうすれば代わりに「水枕が欲しい」とか駄々をこね始めた。あたしは冷えピタを拾い上げるとリビングに置いてあったすでに作りあげていた水枕を持ってきた

『雅治くんはなんで冷えピタ嫌いなの』


「すぐ冷たくなくなるし生温くなったときに気持ち悪い」


『…変なの』


たわいもない会話、だけれどこんなこともいつか無くなってしまうのだろう。赤い雅治くんの頬にそっと触れる。伝染して熱が伝わってくるようだった


「冷たい…」


雅治くんは瞳を閉じた。白い肌に長い睫毛、雅治くんは男版白雪姫じゃないかってほど、女のあたしでも羨ましいぐらい綺麗だ。脱色された髪の毛もなんでこんなにキラキラしてんのってぐらいだし。ずるい。腹が立つからお粥食べちゃおう…………少しいつもより薄いかな、お粥なんて滅多に作らないし熱になるのはいつもあたしの方で作ってくれるのはいつだって雅治くんの方だったし。雅治くんは面倒くさがりのくせになんでもこなすから料理の腕も中々だ。お粥は特に上手かったりする


『いや…でもあたしも結構上達したはずなんだけどな』


初めて作ったチャーハンの味はまぁイケるんじゃないかなぁって思ってたけれど雅治くんが一口、「お前さんもまだまだじゃのう…まずい」なんて不敵に笑う雅治くんに対抗心を持ってその日から料理に目覚めたんだった。もしかしたらそれは雅治くんの陰謀だったのかも、自分が面倒だから料理はあたしにやらせようっていう…ああ、でもあのチャーハンまずいって言いながらも全部食べてくれたっけ。れんげを口に加えてふと雅治くんを見るとうっすらと瞼が上がっていた。あれ、さっき寝たんじゃないの?起きたの?


そっと上から覗きこんだ次の瞬間―………


『、え?』


うなじ辺りを掴まれてそのまま、雅治くんの顔が間近に来てそれで…状況が理解できないまま思考停止、雅治くんの熱い息、熱い唇……………があたしの唇に…触れ合っていて。一瞬の出来事だったけれどあたしには随分長く感じた


『……っ』


「×××…」


ズキンとまた胸が痛んだ。だからお母さんの名前を呼ばないで、あたしとお母さんを重ねないでよ。お母さんはもうお父さんのものなんだよ?やめてよ、あたしを見てよ。堪らなくなって雅治くんの部屋から飛び出すと自分の部屋に一目散に逃げ込んで泣いた。分かってる、もうとっくに自分でも分かってた




あたしは雅治くんが好きなんだ


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