小さい頃、近所におばあさんが住んでいた。いつもニコニコしてて優しいおばあさん。


「おかえり。」

『ただいま。』

「今日は良いこと、あった?」

『今日はねぇ、』

私の下校時間おばあさんはいつも家の前を掃除していた。
毎日たわいもない話しをして、いつの間にかおばあさんと仲良くなっていた。時には家の縁側で一緒に冷たいお茶を飲んだり、ネコと遊んだり。

だけど、ある日突然おばあさんの姿が見えなくなった。その時は深く考えず風邪でも引いたのかなぁって思っていた。
1日、2日……おばあさんとはそれから何日経っても会わなくて一ヶ月が過ぎたころ。
おばあさんの家から女の人が出てきたのを目撃した。私は思わず呼び止めて『おばあさんは元気ですか。』と尋ねた。お姉さんは一瞬目を大きく見開いて小さく微笑み、


「えぇ、だけど遠くにいっちゃったの。」


その頃はなーんだ、引っ越しちゃったんだとしか思っていなかった。だけど今になって分かった。

もう、おばあさんは死んじゃっていたんだ。

あのお姉さんの顔、今のお母さんと重なった。必死に笑顔を作って嘘をつく。私も残り少ない時間で何度も嘘をつくんだろう。
大切なひとに。


だけど…それはきっと、優しい嘘。



先に謝っとく、ごめん…ね










「なぁ、お前いつになったら治るの?」



唐突過ぎる隆也の言葉に固まる。静まった病室にはやけに外のセミの鳴き声が響く。

今は夏休み真っ最中。
日課のように隆也と廉が毎日部活の休憩時間や終わった後にお見舞いに来てくれる。毎日毎日、練習があってなおかつ公式戦もあるのに…空いた時間を削ってまで二人には迷惑かけたくない。毎日は来なくて良いよなんて言ったら「馬鹿、好きで来てんだよ。気にすんな。」、「そ、そだよ!」なんて返されてまた嬉しくて泣きそうになった。

毎日野球部の話をしたりする。今日は三橋の調子が良くてなんだか受けていて気持ち良かった、とか一位になってオニギリの中身が明太子だったとか。(これは廉)…だからこんなこと聞かれると思わなかった。

『………あと少し…かな?』

曖昧な返答をすると隆也は眉間にググッと皺を寄せて「少しってどれくらい?」と突っ込んできた。


背中に嫌な汗が伝う。

『わかんない、お医者さんに聞いてみないと。きっとすぐ退院出来るよ。』

嘘、私の命の灯はあと少しで………


―――…余命一ヶ月です。

冷淡に告げる医者の申告。
泣き崩れるお母さんがカーテンの隙間から見えたのがフラッシュバックした。




「ふーん…じゃあ、あと少しとか言うなよ。」


不機嫌そうな表情。
なんだかひどく酷く冷たく聞こえる。大好きな声なのに、イライラする。

ダメ、止まらない。


『…隆也は、分かってない。』

「はぁ?」


『……私だって早くこんなとこ出たい!』



私が声を荒げたことに驚いたらしく隆也は私を凝視してきた。

こんなとこで死にたくない。

またあのキラキラした、グラウンドに帰りたい。だけどそれは絶対に叶うことはない。



「………ずびっ」


ハッとして我に返ると廉が泣いていた。


「け……んかっ!だめ、だ…!ふたり!…け、んか、やめ…!」

顔を真っ赤にさせて泣いている。あぁ、また助けて貰っちゃったなぁ………
廉のお陰で先程の刺々しい空気は消え去った。


『ゴメンね、廉、隆也。』


「………………なまえ、」

『病院生活なんて初めてだから、ちょっとイライラしちゃったの。薬飲んでゆっくり休んだら治るから心配しないで、ね?』

「………こっちこそ、ごめん。」

何故か悲しそうに悔しそうに拳を作り俯く隆也。





そんな顔しないでよ。


本当は全部言いたい。


あと少しで私いなくなっちゃうの…って。

だけどそれは出来ない。
泣いちゃいけない、言っちゃいけない。それは二人を困らせることになるから。

…なら私は嘘をつこう。今だけの優しい嘘。

『二人とも、そんな顔するな!男の子だろ!』

ギュッと二人の大きな手を握る。ゴツゴツしてて掌にはマメが出来た大きな手。





『絶っ対退院するから。泣きたくなるぐらい美味しいオニギリ作ったげる。』








(ごめんね、)