耳に入り込んでくるのは今の私に似つかわしくないバラード系の恋の歌。涼やかに歌いあげる彼女の声が好きなはずなのに何だか今はモヤモヤとしたものがあって聴けたもんじゃない
切原が好きだなんてまさかあのような形で認めてしまうなんて信じられなかった、けれど私の初恋は呆気なく終わったようで。初恋は叶わないという言い伝えなんて勿論私は信じていないしこれからも信じはしないだろう。だけど恋がこんなにつらいとは知らなかった
嫌いだった切原の存在がこんなに大きくなるなんて有り得ないことだった 切原の“冗談”の告白を聞いて悲しかった 遊んでるって事実は本当だって知った時つらくて…私を見て、その手で他の子に触れないでよなんて訴えたかったけれど私にそんな資格あるはずない 当然だと思うあんなに嫌い嫌いって言ってたのに好きになるなんて都合良い


『今さら…なんて言えない』

両手で両耳を押さえたらイヤホンが密着して当たり前だけど先程より大きく聴こえる 微かに予鈴の音が聞こえた気がするけどわざと無視。もう良い、今日はサボろう!(皆勤賞ばいばい)

「…何が言えないんだよ?」


『んー好きだってこ』


言いかけて思考がピタリと止まる。あれ、私誰に何を素直に答えようとしてんの?慌ててそこにいた人を見てみると自然と目についたのは熟した林檎のように真っ赤な髪。確か丸井先輩…だけどなんでこんなとこにいるの 丸井先輩は両手を膝について私を上から興味げに覗き見していた(おっきな風船ガムを膨らましながら)

『…丸井先輩』


「何が言えないの?」


丸井先輩はもう一度私に尋ねたけどもちろん私は言えない だって切原の部活の先輩だし 口軽そうだし


『い、言えません』


「ちぇっ、つまんねー」


ぷくーっと風船ガムを膨らましてそのまま去って行くのかと思いきや2、3歩ふらふら歩いて私の元に帰ってきた


「なあ、みょうじって赤也のことどう思う?」


先輩、私の名前知ってたんだ…じゃなくてなんで丸井先輩にそんなこと…


『私は嫌いでした』


「…なんで?」


『ワカメだし悪魔みたいだしキレたら恐いらしいし暴力振るったらしいし何か裏で遊んでるって聞いたり』


「あー……(赤也の奴馬鹿だろ)」


『けど…好きになってました』


「えっ…えええ!!?」


丸井先輩の大きな目がさらに大きく開かれた…あ、言っちゃった 今日の私ほんとに駄目だ もう終わった


『すみません、これ内緒にして下さい。私今さら切原を好きな資格なんてないんです』


「なんで!?」

『切原に冗談だったとしても…告白されて嫌いって言っちゃたし。遊んでるところ見ちゃったし…あ、今切原に彼女が出来たーって噂回ってるでしょう?その子なんです』


切原が本当にその子が好きならもう私は邪魔者でしかない そしてもう二度と関わることはないだろう


「…わかった、言わねーよ」


今の声音からして丸井先輩はきっと誰かに言ったりしないだろう 丸井先輩はきっときっときっと人の弱みを握って楽しむN王先輩とは違うと思う 丸井先輩は髪をくしゃっと握ると珍しく眉間にシワを寄せていた


「…うまくいかねーものなのな」


『先輩?』


「…みょうじ、もう少しで良いから頑張ってみ?」


そしたら絶対良いことあるから、なんて私に何を頑張れって言うの先輩。そうただの傍観者である先輩にガツンと言ってやりたかったけど先輩があまりにも優しく私の頭を撫でるから何も言えなくなった









(…なるほど、まさかの相思相愛とはのぅ)