“切原赤也”のことなんてすっかり頭から抜けていた放課後、私は図書委員の仕事のため図書室にいた。図書室には2、3人机に向かって勉強している人たちがいるだけで本を読んでいる人も見当たらない


(そういえば、高校生になってから本読んでる時間とか無くなった気がするなあ)


すっかり帰宅部の私は結構暇なはずなんだけどやたら多い課題をやったり携帯いじってる方が多くなった。せっかく本に囲まれているのだから何か読もうと立ち上がって推理小説のコーナーに向かうのだがあまりの膨大な本の数に面倒になって適当に一際太くて目立つ深い緑のハードカバーの本を取り出して再び受付の中の椅子に腰かけた


パラパラとめくると細かい文字がぎっきりと紙に載っていてどうも読む気になれない。まぁでも仕方ないから1頁から開いてみると


(げっ…英語?)


何故か英語が1頁から3頁に続いていて読めない…これは飛ばしてもいいのだろうか?下に挿絵も描かれているのだが兎が座っているだけで全く読み取れない 時間だけが流れ静かな図書室には時計の音がやたら大きく響いた







(…分からない単語多すぎ)



一応その辺に箱に入れられず放置された辞書を拝借して一語ずつ調べてみたものの結局全く意味が分からず集中力が切れた時にはいつの間にか図書室には私一人だった ふーっと力が抜けてぐぐぐっと両手を前に突き出すと顔は冷たいカウンター机についた このまま寝たらどうなるかなー……あ、明日学校までの登校時間分寝てられるじゃんとか馬鹿なことを考えていた
馬鹿らしい早く帰ってご飯食べよう、そうして顔をあげると私は硬直せずにはいられなかった




「ねぇ、あんた」



少し低くて聞き覚えがある声、すっかり私の頭から抜けていた要注意人物

切原赤也、だ





うっわ、関わりたくないと思った矢先に関わることになるなんて私ツイてない…ってか初めて喋るんだけど何の用なんだろう?


『な、んですか』


「なんで敬語?」


『…わかんない』

私の頭の中には早く会話を切り上げることしか考えていなくてそれ以上の会話が続かない=沈黙になる…このまま飽きてどっか行ってくれないかな、とか待ってみるも全く動く気配もないようだから仕方なく私から動いた



『悪いけどさ図書室使うなら最後だから鍵、閉めといて』



そう鍵を渡して帰ろうとすればグッと腕を掴まれた 予想もしなかった行動に私は思わず振り返ってしまい切原と視線が絡みあう その余りにも鋭くて見透かすような少し赤い瞳に私は固まってしまった




「アンタさ、なんで逃げようとしてんの?」









「でもさー気をつけてね?切原って人気者だし良い奴そうなんだけど裏で結構遊んでるらしいから」


『遊ぶって…』


「もちろん女性関連で、前に体育館裏の旧倉庫で見たって子いるって」


『最悪』


「それにキレたらヤバイらしいよ、前に部活の練習試合でキレたらしくて他校の対戦相手に重症負わしたらしいし」


『ちょっ!かなり要注意人物だよね…?何かキレた時の対処法とかないの?』


「対処したのは部活の先輩らしくて…でもキレた時目が真っ赤になるらしいよ、本当かなぁ?」














こ、怖あぁ……!め、目赤いし………っ!やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい



『き…き、気のせいでしょ?とにかく私急ぐし』




こんな2人きりの図書館で何されるか…!本能が逃げなければと警告信号を発する。でも相手は運動部で私は立派な帰宅部。当然力差に叶う訳もないと思いつつも掴まれた腕を強く振り回してみれば振り切れた…のは良いもののそのまま勢い止まらず切原赤也の腹に直撃した 血の気が引いていくのが自分でも分る そして追い撃ちをかけるようにクッと呻いてうずくまった切原を見て泣きそうになった


(…私今日で終わるかも)



チャンスなのかもしれない。先程の攻撃によってダメージを受けた切原から逃げてさっさと家に帰ってしまうことも出来るけれど

私は切原と同じくらいの体制までしゃがんで顔を覗きこもうとした。流石に私がやった訳だし必死だったから相当痛かったのかもと思いきや…肩が震えて微かに笑い声が聞こえた


「アンタ必死過ぎ、ってかすっげぇ馬鹿力」


『ご、ごめん……!』


切原がゆっくり顔を上げると再び視線が交わる 笑いを含んだ表情だがやっぱり目は微かに赤くてこれはもう覚悟を決めるしかない…よね


『あの…本当にごめん、凄く怒ってるよね』


「は、なんで?」


『だだだだって目ぇ赤いし…!』













「…うん、すっげキレてる」

少し間があったと思ったら口角をニヤリと上げ不敵に笑い私の両肩を掴んで切原の整った顔が近づいてくる


(ち、近…)


動悸がやたらうるさくて、だけどどうすることもできなくて。あと10cm少しというところで切原の動きはピタリと止まった「…くくっ…嘘、キレてねーよ砂入って充血したんだよ」


『え』



「な、アンタ今ドキッとしただろ?」



そんな自信ありげな挑戦的な言葉を聞いた途端、自分の中で何かがキレて両肩に置かれた腕を振り払うと無言で立ち上がる






『ふざけないで、私あんたのこと嫌いだから』












(やっぱり最悪!!)