8月×日 (火) 3日坊主の私が日記、なんて自分でも笑えるかも。ピアノも習字も何ひとつ満足にやりきれなかった。だけど野球は本当に楽しいって思えるんだよね、やる方も見る方もサポートする方も。バットにボールが当たってキレイにボールが飛んだら嬉しいし好きなチームが活躍してたらテレビ張り付いてたし…グラウンドで一生懸命練習する部員たちを間近で見てるとなんだか無性に泣ける。ばっかやろー…なんでお前らそんなかっこいーんだーって思うんだよね なまえが死んだ 死ぬってこと俺は知ってた。だけど、阿部くんは知らない。阿部くんに教えようとした、だけどなまえに止められた 『隆也には絶対言わないで、』 苦しそうで必死な表情に俺はただ黙って頷くことしか出来なかった。だってそれがなまえの願いだった、から。俺となまえの間には今までと変わらず穏やかな時間が流れた。夏が終わるにつれて、阿部くんはほとんど来れなくなった練習が忙しいんだ副部長って大変なんだ 俺、一回だけ聞いた 「阿部、くん、のこと 好き、なの?」 って。そしたらなまえは困ったようにだけど幸せそうに微笑んで言った。 『うん、大好き。』 8月×日 (土) 隆也と廉が遊びにきた。廉はおにぎりの具シャケだったみたいで喜んでた。隆也は相変わらず、難しい顔をして次の試合する高校のデータを見てた。 8月×日 (日) 隆也がピリピリしてた。ちょっと喧嘩みたいになっちゃった…廉…ごめんね、ありがとう。だいすき。 ―だ い す き。 それは魔法の言葉のように特別に思えて。また阿部くんのとは違っていて恋愛感情を含んだものでは無いとすぐに分かった。指でスッとなぞるとうっすら黒くなった。なぞって気がついたのだがその部分だけ字が滲んでいて。多分泣いたのだろう。思えばなまえはいつも笑顔だった。陰で泣いているのを知った、俺。だけど慰める役は俺じゃなかったのだと今になって思う。なまえは後悔していないのだろうか? ―――今の阿部くんを見たらなまえどうする、だろう。 なまえが死んでから阿部くんは荒れている。あんなに好きだった野球にも興味を無くしてただふらついて…… キャッチャーを失った野球部は呆気なく崩れいつの間にか引退もしてて……… ただ甲子園2年連続出場のレッテルは大きかったらしく野球部全員に推薦が貰えた。 クラスは迫る受験に緊迫感でいっぱいなのに俺はただ毎日なまえのこと阿部くんのこと、そして目の前に置かれた一冊の日記でいっぱいだった。 僕らはずっと迷子です。
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