『ごほっ…』


(あっれ、)

身体がだるい。
夏バテとかではなくてもっと……ひどいもの。

(あ、そうか………)

わかりきっていたことなのに何故か悲しい。いや、虚しいだけなのだろうか?一年前に真夏の炎天下のグラウンドを走り回っていた自分が嘘のようだ。

「だ、だいじょ…ぶっ!?」

『大丈夫、だよ。』

一言そう言ってやると廉は安心したように顔をへにゃっとさせた。“大丈夫”、あと何回この言葉を使いごまかせるだろうか?廉は気づかないだろうが…今のなら隆也は感づくだろう。私がただの疲労では無いことに。

(キャッチャーだから…かな。)
“キャッチャー”ただでさえ意思疎通が不得意な廉がピッチャーなのだ。多分そういうところも影響しているのだろう、自然と隆也は本来の高い観察力がさらに鋭くなったのだと思う。
だけど、こういうときに何故隆也がキャッチャーなのだろうか、とも思う。
…もしも廉がキャッチャーで隆也がピッチャーなら?

…………前言撤回。
計算高い廉なんて見たくない。それに私はそういうところを含め隆也を好きになったのだ。









「ねぇ〜みょうじってさぁ阿部のどこが好きなの?」


以前、水谷に聞かれたこと。
実は優しいとことか?なんて言ってやったら、俺の方が優しいよ!なーんて返された。まぁ確かに水谷の方が優しいけど。
だけどさ、確実に違うんだよ。
もちろん水谷も大好きだよ。でもね、隆也を見ると嬉しくなるし切なくなる。
好きなところなんて分からない、だって気が付いたら目で追ってたから。あえて言う言うなら全部好き。





『てか水谷、なんで私が隆也好きなこと……』

一瞬顔をきょとんとさせ水谷はいたずらっこのように笑った。
「阿部以外の野球部員みーんな知ってるよ〜?普段あんなに鋭いクセにこういうことには疎いからなぁ…」





そうなんだよ、こういうことには疎いんだよ。恋愛ごとには全く興味無さそうだし恋人は野球なんじゃない?でも隆也が疎くて良かったって今は思う。

気づかれていないのなら最後まで隠し通そう。

病気のことも、この想いをも。





「ね……」

廉の声でハッと我に返る。
静かなこの病室には私と廉、ふたりきり。隆也は沖の投球練習に付き合っているから遅くなるらしい。

『どうしたの、廉?』

廉が俯いた顔をバッと上げ私と視線を合わせる。


私はドキリとした。真っ直ぐどこか恐いくらいに私を見つめている廉に。






「なまえ…重いっ……病気…なん…だ、よ…ね…?」




『………なんで、』

分かるの、なんて言ったら言い逃れ出来なくなるから…私は言葉を飲み込む。

「分かる…よ、だって…なまえ、嘘…ついたとき、ね、




悲し、そうな…のに、ムリヤリ…笑、う!」




『ムリヤリ……笑う…?』

オウム返しのように繰り返すと廉はしっかりと頷いた。
確かに必死だったのかもしれない。だけど自分ではちゃんと笑顔を作れてる、って思ってた。だって病気が発見されたときから鏡で笑顔の練習したし。
だってみんな私が笑ったら笑い返してくれた、花井も泉も…隆也も。

まさか一番思いもしなかった廉に感づかれるなんて。


「ね…ぇ……教え、て!ぜん、ぶ。」



廉に気づかれるなんて私もまだまだだったんだ。
あぁ、でも全部吐き出せるのが嬉しいのは…なんで?

両親にも言えなかった、

友達にも言えなかった、

隆也にも言えなかった、


胸の奥に溜めるってことは案外大変でしんどかった。だから嬉しいのかもしれない。





(ありがとう、ゴメンね…廉。)