戻らない日々、夏の記憶




いつの日か、なまえは突然夜に俺の家にやってきて、『星をもっと高いところで見よう!』とだけ言って家から飛び出した。当然親はもう寝ていて、大学生にもなるのに抜け出すのは何か悪いことをしているような気分になるのはなんでやろう。

やけど、俺はそのスリルを楽しんでいた。いや、違う。俺は久しぶりになまえと星座を観に行けることに何とも言えん嬉しさを感じとったんやと思う。





『今日はペルセウス座流星群が見れるんだ、よっと』


なまえはどうやら森林公園に向かっているらしい。この近くの森林公園は高いところにあって、流星群を見るには絶景の場所らしい。森林公園というだけあって、辺りは木々に囲まれ大阪の土地でもとくに暗くて静まりかえっとった。

あー…虫除けしてきた方が良かったかな。というもの、俺はB型やけど何故か蚊に刺されやすかったりする。おっかしいなぁ、普通刺されやすいのってO型やったよな?

そんなくだらないことをぼんやり考えながら走っとったら、森林公園に着いた時にはなまえは息を切らしながらゴロリと芝生に寝転ぶ。風邪ひくで、と注意する前になまえが天を指したから思わず視線を上にあげた。





「うっ…わぁ…」




走ってるときは気づかんかったけど、今、空を滑るように駈けた光にドクリ、と鳥肌がたった。
昨年見た獅子座流星群とは違って、美しくも儚い光に魅せられた。

『謙也と、星を見るの久しぶりだね』


「おん、そやなぁ」


思えば、ほんまにそう思う。大学生になって、新しいものが色んなことあった分、段々普通やったことが無くなっていって。去年は…高校まではいつも一緒やったもんな、俺ら。2ケツして帰ったり、テストの点で勝った方にアイス奢ったり、お互い得意な分野を教えあったり。気兼ね無くなんでも話せる関係で…一番心地よい仲やった。


『お互いに別々の道に歩き始めているんだろうね』


そう、いつから俺らは別々の道を歩み始めたんやろう。憧れの大学の医学部に入って、俺に初めての彼女が出来て、なまえも俺の知らんところで自分の道に進んで行ってるんやろうな。

あの、昼間に会った斎藤ってヤツの顔がもやもやと浮かんできて、何故か焦燥感が波立った。


なんでやろう、なまえやのに。ずっと一緒におった気心が知れた、俺の大切な………





大切、な…



『…謙也?』


ひらひらと目の前で手を振られて俺ははっとした。なんや、俺は何を考えとったんや。


「あっ、えーと…なまえは将来の夢とか決まっとるん?」


『えっ…なに、唐突に?』


「ええやん」


確かに、唐突やったけど。


『うん、まぁ…一応あるけど…』


「え、初耳。なんなん?」


『ないしょ』


ケラケラ笑うなまえに少しムッとした。なんやねん、教えてくれてもええやん。俺ら幼なじみやろ、って言うたらなまえは『そうだね』とだけ言った。そうだね、ってそんだけなんか。あ、そう。えーわ、じゃあ俺の夢も教えたらへ『謙也はお医者さんだよね』…ムカつく。


「なんやねん、教えろや」


『いーや。いずれ…そうだなぁ、50年後とか』


「はぁあっ?50年後?おま…俺ら69歳やん!」


『…50年後、ハレー彗星見るの付き合ってくれたら、教えてあげる』


「うっわぁ…長生きせなアカンやん」


自然と笑みが漏れた。50年後の約束、その約束が果たされるその時まで俺らは繋がっていられる。その約束はもしかしたら、忘れ去られるかもしれん。でも、ふとした時に、人生にちょっと疲れたときには、なまえとの約束を思い出せばいい。

例え、別々の道を歩んでいくんやとしても。この場所で、なまえとハレー彗星を見る。よぼよぼの年寄りが並んで、か。


『なに、謙也笑ってるの?』


「いや、その頃になっても俺ら」

こうやって空見とるんや思ったら、なにやっとんのやろうなぁと思って。かなり滑稽よな。真夜中に家から抜け出して全力疾走で星空見に行くとか今やから、出来るんやろうなあ。

今、この瞬間が、なまえと星空観察しているこの時が一番、俺にとって忘れられへん思い出となるんやろう。