かつりかつり、と決して高くも低くもないパンプスだけをバックミュージックに螺旋階段を一気に駆け降りた。全てを忘れたかった。



『いたっ!』


最後の段でまさかの転倒。自嘲気味に笑うとそのまま立ち上がる。膝からは案の定、血が出ていて。カッコ悪いなぁ。




「……おい、大丈夫か」


私を心配して密かに着いてきてくれたんだろう、跡部先輩がそこにいて真っ白で高そうなハンカチを私に差し出していた。


『跡部先輩、ありがとうございました。』


「…気は済んだか?」


はい、と言えば嘘になる。だって私は未だこんなに未練が残ってるんだもの。彼が、日吉が、好きなの。


あの時、あなたの手を捕まえていたらまた違った未来があったのかな。

ううん、違う人を見つめる彼を捕まえるなんて真似、私には出来なかった。いつもひた向きで真っ直ぐ前を見つめる彼を止められるはずがなかったの。
分かってたけど、5年前のあの頃にいつまでも夢を見てた私に、日吉の指に光る婚約指輪は現実を向き合わせるのには充分過ぎて。


私、ちゃんと笑えてたかな?



「…お前はよくやった」


ぎゅっと跡部先輩に抱き締められた。微かに香水の匂いが私の鼻をくすぐる。彼は香水は苦手だと渋い顔をしていたことを思い出すなんて。もしも、あの時彼のことなんてさっさと忘れて跡部先輩の手をとってればよかったのに。



ほんと、なんて、


『バカなんだろう』