「××は本当に嬉しそうに、楽しそうに笑うんだな」



そう、ポツリと跡部さんが遠くにいる××を見て呟いたのを今も俺は覚えている。
不安が、焦燥感が無いわけじゃなかったが俺は自然を装って「そうですね」とだけ答えた。


はっきり、断言しよう。
跡部さんは××に想いを寄せていた。俺がそれを知ったのは××と付き合って一年が経ったときだ。

頭脳明晰、眉目秀麗、まさに完全無欠を形にしたような人に俺が敵うものなんてひとつもなくて、テニスだって下剋上してやるという野望は持っていたのに出来なかった。そんな人がまさか恋敵なんて。


そのときの俺は、別の女に目移りしていたのも事実。
いや、俺は××を跡部さんに奪われるのが怖くて、逃げ出したんだ。


けど終わってから気づいたことは、もう取り返しのつかないこと。リセットボタンというものがあるなら押してやりたい。
××を泣かせた俺は愚かで馬鹿なヤツだ

俺も跡部さんも、他の奴も××の心の底から笑っているのを見るのが好きで。
××は俺と別れてから本当に心底笑うことは無くなった。



『おーい、日吉、私の話聞いてる?』




けど、今は幸せそうに笑っている。キラリと彼女の薬指に光る指輪がそれを物語っている。



来月、彼女は結婚するそうだ。



同様に俺の指にも指輪が入っているが、相手はもちろん、××じゃない。会社の同僚だ。俺の場合は半分、仕組まれた結婚のようなものだが、××は違う。彼女はようやく自分を笑わせてくれる相手を見つけたんだ。