シルバーのシンプルなリングを見て幸せそうに笑う××を見ていると、正直言って複雑な気分だった。 俺達が付き合っていたあの時は、××は一応は俺のものだったわけだ。 5年も会って無かったとはいえ、××とは初等部からの付き合いで、なんというか…大切な家族を奪われたような気分だ。 認めたくはないが…俺は顔も知らない××の婚約者に嫉妬をしているのか。 自分の餓鬼らしい考えに内心嘲け笑い、チラリと自分の指にはめられたリングを一瞥した。 俺にも婚約者がいるっていうのに何を馬鹿なことを考えてるんだろうな。 『ぶっちゃけるとね、私、日吉の婚約者の人にちょっと嫉妬しちゃった』 ××が笑う。同じことを考えていたのかと俺も笑う。 舌に馴染み慣れたほろ苦いコーヒーの味が優しく感じる気がした。 それから中学、高校のたわいもない想い出話が続いた。俺は過ぎ去った過去を振り返ることはしない主義だが、××と共有した過去は俺にとってまるで数十年ぶりに発掘したタイムカプセルのように喜びと懐かしさ、もう戻れないのだと寂しい気持ちが湧き出てくる。 俺たちは確実に別々の道を歩いている。 幸せになる、ための。 * 『…じゃあ、私、行くね。元気でね!』そう言って××は立ち上がった。 おそらくもう会うことは無いだろう。××の背中を見送りつつ、そう思った。そんな気がした。 カランカラン、と店の扉のベルが鳴り響く。 なぁ、あのとき…俺と××が付き合っていた、あの一瞬は俺達の人生においてほんの微々たる刻だが、実は俺の中で一番輝いていた刻なんだ。 絶対、××には言ってはやらないが、確かに俺は他の奴に目移りしたが最終的にはお前しか見てなかったんだ。傍から見れば都合の良い話だが。心の底から惚れていたのはずっとお前だけだったんだ。 (…さて) 俺もそろそろ仕事に戻ろう。 すっかり冷めきってしまったコーヒーを一気に飲み干すと緩めていたネクタイをきっちり上げて俺は立ち上がった END |