よくある孤独 | ナノ


青いばら
甘い檸檬
夏の水仙
こなごなの星の砂
「わたし、」
「あなたの好きなもののひとつに」
「本当はなりたかったんです」


よくある孤独



それは自分自身をすくいあげるような恋でした。ランピー先生はときどき化学の先生で、ときどきお医者さま、そしてときどきわたしの恋人になるようなひと。そのどれもはまちがいなくランピー先生で、そのどれもがランピー先生じゃないみたい。けれど、わたしが律儀にランピー「先生」と呼ぶ理由には、とうてい特別とはほどとおい、ときどきの恋人の意地っぱりの裏返しみたいなものがありました。ランピー先生へ、メールを打つことはにがてで、いつも手紙を書いていました。その、さいごの、さようなら、の読点のところ、その空洞のなかを愛でみたすことをつたない学生のわたしは唯一のお仕事としていたようなものです。あのころは、きっと、つらいのもわたし、諦めるのもわたし、落ちるのもわたし、落ちたわたしをみて、悲しくなるのもまたわたしでした。
いつだったか、ランピー先生に問いかけたことがあります。いつもいつも、生徒や患者は先生のおはなしをきくお利口な子でしたから、質問なんてしたこと、よく、脳みそに残っていたのです。明るい月と、相反するように暗い夜の空。差し込む月明かりが眩しくて、カーテンをしめていたたったひとつのベッドの夜でした。

「……ランピー先生?」
「うん?」
「またいつか、わたしのおうちに帰ってきてくれますか?」

ぼんやりとした明るさのなか、お返事のかわりに、ぎゅっと抱きしめられたからだはだれかほかのひとのもののよう。わたしはこのときに、痛いほど感じます。やはり、永遠しかないと信じることも、永遠なんてあるわけないと信じることも、どちらもわたしたちには悲しいことでしかないのでした。こうして抱きしめられても、わたしはおおよそ、それを信じることすらできそうにないこと。世界でいちばんのわたしのひみつでした。

「……もちろん、約束するよ。僕はまた、君のいるこのベッドへ帰ってくる」

ありがとうもうれしいも きっとここには当てはまらないかたちをしていること、わたしはようく知っていました。だからわたしはこの両の手があってよかったなあと、しみじみそんな気持ちをかみしめながらランピーせんせいのほどよくやわらかい寝間着をくしゃりとつかみました。しわになれ、と、思いながら、やっぱりわたしはお利口なふりを破れずに口を閉じたままです。わたしが一番つたえたいこと、一番ききたくないのはいつもわたしでした。いつの日か、ことばには魔力があるからね、と、ぴとりとくちびるに当てられた人差し指は氷のようでした。ねえ、だから、ランピー先生はいつもわたしの名前を呼んで、夢のような声ですきだよと言ってくれて、いたのでしょうか。

「君の手紙を、いつも最後まで読めないでいるんだ。君は絶対に最後に、お別れの言葉を書くだろう、それがなんだか、とっても寂しくて」

落ちてきた声を、わたしが拾うことはありません。きっと、一生、ランピー先生とわたしは分かり合えることはないのです。






































@ぴとり、とランピーを射止めるような視線が居心地悪くて、ランピーはさりげなく目をそらしました。しかし、それでも彼女の両の目はくりくりとその場でしっかりとランピーを捉えて離しませんでしたし、自分の足の裏の恨めしい地面の固さが ランピーにここから逃げられないと告げているようだと、相変わらずのランピーはそのようなことを思っていたのでしょう。言葉のつづきが彼女ののどのおくでゆっくり積み上げられていくのを感じながら、ランピーは愛すべき生徒のために、救うべき患者のために、そして、愛する小さな恋人のために。またひとつ笑顔を作り出してはそれの上にうかべるのでした。さりさりと、足元では砂が鳴っています。

A愛され方を知らない、かわいそうなこ。ランピーはもう何度となく抱いたその気持ちを今日も何も目の前の彼女には告げないまま、噛み砕いて飲み込んでしまうのでした。よしよし、泣くのをおやめよ。差し出したハンカチからは水仙の豊かな香りが溢れ、彼女はまたそれによって心臓をぎゅうとつかまれたような気持になるのです。ハンカチを遠慮がちに受け取り、受け取ったそのままの動作で彼女はまたさらに涙を零しました。

Bぼくの、すきなものに、だなんてねえ。ランピーは笑顔はそのまま、こころのなかで冷めた声で言い放ちます。そんな曖昧なものになってしまったら、君は消えてしまうんじゃないのかい。ランピーはそう思いながら、今日も、そしてきっとこれからも、自分が本当は何を考えているかもわからないままなのです。

C「そんなもの、知りたくもないけどね」

D(よくある孤独)


title by エナメル


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