六畳一間の宇宙 | ナノ


*=attention!

1.焦がれる 2.追いかける 3.諦める 4.懐かしむ 5.望む 6.願う 7.想う/榛名元希 8.見つめる 9.悩む 10.惚れる

11.逃げる 12.囁く(ささやく) 13.慰める/朽木ルキア 14.別れる/南雲晴矢 15.待つ 16.ときめく 17.自惚れる 18.触れる 19.寂しがる/豪炎寺修也 20.思い出す綾部喜八郎*

21.誓う 22.躊躇う 23.弄ぶ(もてあそぶ) 24.出会う 25.微笑む 26.拗ねる(すねる) 27.奪う 28.溶け合う 29.抱きしめる/不動明王 30.重ねる

31.隠す 32.染める 33.放す 34.戯れる 35.求める 36.傷つく 37.壊れる 38.気づく 39.伝える 40.疑う

41.憂う 42.応える 43.祈る 44.眠る 45.振られる 46.眩う(まう) 47.見つける 48.忘れる 49.信じる 50.振り払う

51.寄り添う 52.泣く 53.握りしめる 54.なぞる 55.慕う 56.憧れる 57.疼く(うずく) 58.絡める 59.惹かれる 60.騙す

61.照れる 62.舐める 63.誤魔化す 64.確かめる 65.巡り合う 66.絆される(ほだされる) 67.縋る(すがる) 68.悔やむ 69.攫う(さらう) 70.甘える

71.選ぶ 72.失う 73.狙う 74.飽きる 75.妬む 76.嘯く(うそぶく) 77.掴む 78.手に入れる 79.秘める 80.悟る

81.振り回す 82.撫でる 83.茶化す 84.輝く 85.気にする 86.受け入れる 87.呼ぶ 88.持て余す 89.焼き付ける 90.突き放す

91.溢れ出す 92.近づく 93.守る 94.惑う 95.夢見る 96.叶える 97.頷く 98.恋う(こう) 99.感じる 100.頼る

101.捨てる 102.擦れ違う 103.刻む 104.探す 105.憎む 106.誘う 107.振り返る 108.狂わせる 109.温める 110.口付ける

111.恋する


title by 確かに恋だった







































さようならの後の電車はさみしい。それを知ったのはいつだっただろう、窓の外に流れる街並みもどこかしんとした静けさをわたしに耳打ちしてくる。さみしいでしょう、ねえ、右側の空白に誰もいないこと。うん、とひとり頷くと耳元のピアスがしゃらんと揺れた。

欲張るつもりなんてさらさらなかった。両手できちんと抱えられるほどのもの、それがわたしにとって、一番いいことはわかっていた。彼女になりたいだなんて思ったことなかったし、あの子のことを話す榛名さんの笑顔は好きだった。かわいい?と聞けばかわいくなんかねーとぶっきらぼうに言った。仲良しなんですねと言えばフツーだろと携帯に目を落とす。わたしを人ごみの中でつかんだ、その左手がとてもやさしかったのは、きっとあの子のためのものだから。そんなことぐらい、わたしだってわかっていた。がたんごとんと電車が体を揺らす。ゆっくりとまぶたを下ろす。暗闇のなかでは榛名さんの笑顔は見つけられなくて、わたしは思う。彼女になりたいだなんて、思っちゃいけない。今の場所を離れちゃいけない。遠退いても、近づいてもいけない。ここじゃなきゃだめ。

夕日が暗闇のなかでも光をさす。まるで榛名さんみたい、暗闇のなかでも、たったひとりでも、わたしを引き付けて離さないような、榛名さんみたいだ。ここじゃなきゃって思ってるのに、目がくらんで、ここがどこかわからなくなってしまいそうになる。目に沁みた日差しが涙を誘い出す。なにもつらいことなんてないはずの気持ちだったのに。

あの子のための目、あの子のための手、あの子のための声。ぜんぶぜんぶやさしくて、大きくて、夢みたいだと思った。たしかにここにあるのに、いつのまにかふっと消えてしまいそうにも思えて、ぎゅっと掴んでわたしのものにしてしまいたかった。でもそれは、きっと、わたしに抱えきれないもの。そんなことをしたら、きっとわたしはバランスをくずして倒れてしまう、でも、わたしは榛名さんの手を掴んで起き上がれないの、榛名さんの手はあの子のためのものだから。きっと榛名さんは仕方ないやつだなあって手を差し出してくれるけど、そんなことできるわけないじゃない。だって榛名さん、私の涙には気づいてくれない。
一通だけ届いた新着メール。「また行こうな」だなんて、うわべだけの言葉だって、ほんとうの気持ちだって、わたしにわかるわけがなくて。榛名さんはどんな顔をして、どんな思いで、このメールを打っていたんだろう、どんなに考えてもどんなに思ってもわからなくて、わたしはもう一度あの夕日のさす暗闇に歩み寄るように目を閉じた。榛名さんのことを想えば、好きだなんて、ひとりごとでさえ言えるわけがなかった。

想う/榛名元希







































長く伸びた髪をもちあげるような風のなかには、つんと鼻を痛ませるような感情が見え隠れしている。わたしの少し前に腰を下ろしているルキアの表情は見えなくって、そう考えるとわたしの視界は一気にゆがんだ、ぐにゃり。さみしくて、悲しくて、あんなに泣いたのに。また泣いちゃいそうだ。

「……浦原は、ああ見えて、優しい男だから」

ルキアの声は風下から耳に届く。それとほぼ同じころに、頭の奥の方で喜助さんの言葉がよみがえった。「ごめんね」と、たった四文字。でもわたしにすべてを伝えるには十分な重さだった。それはとても正しい発音で、速さで、私の心臓の小さなボタンにかちりと届くような言葉。涙を隠すことも、手の震えを抑えることも彼の前では必要なくて、私はまるで子どものように泣きながら喜助さんに「ありがとう」と「ごめんなさい」を伝えた。喜助さんは何も言わないまま、私の涙ごと赦してくれた。喜助さんには心に決めた人がいた。
かなしい。きっと人はこういう気持ちをかなしいと呼ぶのだろう。世界中の色が褪せてしまうような。笑う理由が二度と見つけられないような気がする。心に穴が開いてしまったようで、感情を保っていられない。嬉しいも、寂しいも、水がこぼれていくようにすぐになくなってしまう。そうしていつも残るのが、かなしいという名前の空っぽの気持ちだった。
涙がまるで瞼の裏で今か今かと待ち構えていたかのように、溢れて零れて止まらない。袖をのばしてたくさんの水分を拭き取るけれど到底追いつけやしなくて、ついでにというように嗚咽も零れ出る。喜助さん、喜助さん、喜助さん。名前を呼ぶことすら叶わない。なにもかももう分ってはいるけれど、涙を止める方法なんて知らないのに。

一瞬、強い風を感じて。ああ、と。ぐちゃぐちゃの顔をあげるとルキアが目の前にいた。それはどんどん大きくなって、ついにはわたしの肩をつかんで力任せ押し倒す。近くなった顔。息を切らせて、目にはきっとわたしと同じように涙をため込んで。結ばれた口はきゅっと一の文字。わたしの肩を掴むその小さな手は確かに震えていた。ああ、わたしこの感情知ってるよ。どこか遠くでわたしが言う。さみしいんだって。

「酷い言い方なのかもしれないが、世界中に男はたくさんいる。きっとお前はまた恋をするだろう。何度も何度も恋をして、泣いて、笑って。」
「それでも、私たちの友情はひとつしかないんだ。もうきっと二度と出会えない。もうきっと二度と友達になどなれない。今がもし、無くなってしまえば」
「だから、どうか」
「そんな辛そうな顔で」

ルキアの大きな黒い瞳からは大粒の雨が降る。泣かないで、という言葉は涙に溶けて私の肌に沁みた。誰よりも辛いのはルキアで、誰よりも悲しいのは私で。私たちは真っ青なプールに二人で沈んでいくみたいだった。飽きてしまうほどたくさん泣いてプールを溢れさせてしまう。それでも、流れ出る水に引っ張られながらも、私たちは握った両手だけは離せないままに泣き続けた。どうやら、私たち二人だと、さみしいやかなしいという感情には別の名前をつけることができるらしい。

慰める/朽木ルキア






































電気のついていない部屋に帰るのは今月もう何度目になるだろう。部屋に誰もいなくたってただいまと言ってしまうわたしのくせはこんなときどうしようもなく感情にダイレクトに響く。ひとつひとつの音がとても大きくて、おなかが痛くなる。ちいさいころ、はじめてお母さんとちがう布団で寝たときもたしかこんな痛み。鍵をソファに投げ捨てた。

豪炎寺くんが大学を卒業してから、一緒に暮らしはじめてもうすぐ1年ほどになる。豪炎寺くんは研修医としてとても忙しい毎日を送っているし、わたしもだいぶ会社に慣れたとはいえまだまだ新人である。顔を合わせることができない日だって少なくなかった。仕方ないことだねと言ってしまえばそれまでだけど、それでいいのかなあとも思う。なんのために一緒にいるんだっけ、とときどき自分でもおどろくほど冷めた頭で考える。一緒にいるために、一緒にいるんじゃあ、きっとそこには永遠なんてないような気がするの。
豪炎寺くんの書斎に入るとそこは難しい本や外国語の文献が散らばっている。片づけようと手を伸ばすけれど、もしかしたら、必要だからこうやって置いているのかもしれない。触れることもせずに手をひっこめる。見たことのないボールペンが机に転がっている。ごみ箱にはぐしゃぐしゃに丸められた紙くず。読めない言葉はわたしの耳をふさぐ。ねえ、次はいつ帰ってくる?いつになったらふたりで笑いあえる?ふたりで見つけたかった答えの答えあわせは?わからない、わたしにはわからないの、いつから?もう、何も、なにも。

わたしはお化粧もしたまま、スーツにストッキングもはいたまま。寝室の布団の中にあたままでもぐりこんで、大きく息をひとつはく。はやく明日になってしまえ。こんな気持ち、きっと豪炎寺くんの両手にはかかえきれない。これ以上お荷物になってどうするの。まぶたを閉じて気持ちにも蓋をして、思考を完全にシャットダウンする。それでもこんなに寂しい夜はどうしたって簡単に寝付くことなんてできないこと、わたしのちいさな左の薬指は確かに知っているのだった。

寂しがる/豪炎寺修也




































あきお、11時56分にうちにきなさい

こんな時間に誰だとメールの内容を見たのが11時15分ごろ。やましいことはまったくないつもりだったけれど、珍しい呼び捨てと命令口調になぜか少し青くなってしまってバイクを飛ばしてアイツの家を目指したのが11時30分前。そして時計の針が丁度真上で重なろうとしている今、アイツの家には人がいるどころか電気すらついていない。


「さっみ……」

もう少し早く気付けばよかった。よく考えてみればわかることだ、今日は高校時代の友達と飲み会だと言っていたし、きっとアイツは酔っぱらってこんなメールを寄越したのだろう。おおかた56分という中途半端な時間は電車が駅に着く時間か何かだろうし。自分の情けなさについたため息が白い息になって空にのぼる。もう一度さみぃ、とこぼしながら冷えた両手をポケットにつっこんで、アイツの部屋のドアにもたれるようにしてずるずるとしゃがみこむ。ついついおぼえてろよとかザコキャラのようなセリフを吐いてしまったりして。
しばらくすると待ち望んだカツカツとヒールが階段を上る音が聞こえて、続いてピンクに染まった顔がひょこりと廊下の角から顔を出した。

「あーっ!あきおくんだ!!」

あきおくんだ!!じゃねえよ。鼻をすすりながら立ちあがると、アイツはふらふらと歩いてきて俺に抱き着いた。引っぺがしてお前が呼んだんだろうが、と言うけれどコイツはむふむふと変な笑い声を漏らしながら俺にすり寄ってくる。カールのとれかかった髪が頬をかすってひやりと冷たい。酔っ払い特有のふわふわしたテンションのコイツを見ると、なぜだか怒る気さえ失くしてしまうのはいつものことで。

「……さみーよ、早く入ろーぜ」
「うん、ふふ、うん、へへへ」

完全に酔っぱらってしまっているコイツはもう諦めて、勝手にカバンをさぐって猫のキーケースをとりだした。これは最近のコイツのお気に入りで、俺から見ればまぬけとしかいいようのない猫の顔がいいのだという。俺だったら絶対に持ち歩きたくないようなシロモノなのだが、コイツは嬉しそうに何度も何度も俺に見せびらかしていた。いくつかの鍵のなかからひとつを選んで鍵穴に差し込もうとするが入らない、これじゃないのか。

「ったく……なんでったってこんな時間に」
「だあって……」

俺が鍵を探しながらこぼす愚痴に、むふふ、聞く?聞きたい?と笑って、もともと赤い頬をさらにピンク色に染めて返事を促す。適当にはいはいと相槌をついて、早く部屋に入りたいからかじかむ手で慎重にひとつひとつ鍵を見て本当の鍵を探す。えーと……あったあった、これだ。鍵穴に差し込む、まわす。「あのね、あのね、ふふ」

「あきおくんにおかえりって言ってほしかっただけ」

ガチャリ、大きな音を立てて鍵が開く。その横では普段からただでさえしまりのない顔を、今はさらにゆるませて、彼女は俺の背中に腕を回してにひひと笑っていた。思わず落としてしまった左手のヘルメットを拾い上げる。マジで信じらんねえ。たったそれだけのことでこの寒空の中人を呼び出すかよ、ふつう。それでも、反論も何も言えないまま、心のどこかではコイツが呼び出すのはきっと俺だけなんだろうなとか、呼び出されたからって出てくる俺も俺だとか、悔しいけどそんなのは結局全部コイツのことが、とか、思ってしまうのは。
ったく、という声とともに白い息がのぼる。寒いのは苦手だっつうのになあ。

「……どこにやったっけな」
「え!?なにが!?」
「教えねえ」

きっと、たぶん、たんすの引き出しの中に眠っているもう一つの俺の部屋の鍵はきっと明日にはコイツのまぬけな猫のキーケースのなかにおさまっているんだろう。手のひらのなかの猫の顔を見ればやっぱりそれは吹き出してしまいそうになるくらいには変な顔で。そのキーケースをにぎりしめて、ついでに腕のなかのコイツも思いっきり抱きしめて笑う。もう寒さなんてどっかに行ってしまって、酒臭いコイツも、変な猫のキーケースも、まとめて全部俺のものにできたらなあなんて、俺らしくないことも思ってしまうのだ。

抱きしめる/不動明王






































コツン。蹴った小石がからからと音を立てて私の前を進んでいく。夕日はもうだいぶ深いオレンジ色になっていて、もうすぐ夜が来るよとみんなに耳打ちをしている。右手に持ったカバンの中にはなぜか緑の数学の教科書一冊しか入ってなくて、ぺらぺらだねえと朝ヒロトに笑われた。左手のお弁当箱の中には今日はきらいなブロッコリーが入っていたから、こっそり風介のお弁当にいれてやった。すこししわのついた紺色のプリーツスカートは6限にこっそりリュウジと屋上でお昼寝した証拠である。そして帰り道、わたしはひとりでこの河川敷を歩いていた。もうすぐ秋がくるらしい、アカトンボが家族連れで私のまわりをぐるりぐるりお散歩している。あのね、小さなころから一回もできなかったの、アカトンボを指に連れて歩くなんて。

晴矢みたいな赤がすきだった。赤いゴム、赤いシャープペン、赤いキーホルダー。赤いものをたくさん持っていれば、晴矢がそばにいられなくても寂しくないと思っていたの。深い赤の夕焼けが好きだった、真っ赤に熟れたいちごが好きだった、晴矢のことが、ほんとうに、好きだったの。はじまりなんてどこにもきっと見つからないけれど、どれもこれも夢なんかじゃなかった。一緒にいたことは、きっとどんなにつらくても忘れられないの。ごめん、って言葉と一緒にあんなにかなしそうな顔。つらい言葉、言わせてしまって、本当にごめんね。

お別れは私の周りの色を変えていく。世界は夜へと少しずつ歩み寄って行って、濃く足もとに落ちていた影が夜の色に溶けていく。さみしさなんて、気づかないだけできっとずっと傍にあったんだね。ただ私が気づけていなかっただけ。ずっと、まるで夢でも見ているかのように、隣の大好きな赤色から一度だって目が離せなかっただけ。

別れる/南雲晴矢




































ああ、空というものはこんなに遠かっただろうか。夏はこんなに果てしなくて、足元の影はこんなにも深い。どうしてわたしはこの場所に立っていられるのだろう。たった一人で。もう、彼はいないのに。

忍術学園を卒業したのはもうずいぶんと昔のことになる。この門を一歩出れば、二度と会えないかもしれないと知っていても、わたしたちは笑顔で手を振りあった。六年間の日々を、宝物のように語り合った。それがいつか私たちの中の誰かの手によって壊されようともただあの日々があったことは奇跡のようであった。
目の前にはたった一つの墓標。よく見知った名前である、それを口の中で反芻すると懐かしさがこみあげてくる。いつでも一緒に居た。いつまでも一緒だと信じていた。幼い日々の六年間は途方もない程に長く、瞬きをするかのように一瞬だった。きっと何十何百と名前を呼んだだろう。部屋に忍び込んで、朝まで笑い合った。あの日と同じように今日だってもうそろそろ夜が明ける。太陽が昇る。違うのは、私は戦わなくてはいけないこと。守るべきものは何もないのに、私はもう何かを救うために戦わなくてはいけなかった。

「喜八郎……」

いくら穴が好きだからって、本当に埋まっちゃうことないじゃない。あの頃、喜八郎はよく穴の底から私を見上げていた。暗い穴の底の喜八郎の表情はよく見えなくて、いつだって不安になったことを覚えている。どんなに私が穴の上から手を伸ばしたって喜八郎はいつも知らん振りだった。名前を呼べば、うん、とだけ無愛想に返事を返すのが常だった。不安だった、無愛想だった、満たされた思いになったことなんて、きっと片手で足りてしまう程だっただろう。それでも、私の喜八郎への思いは、こうして思い出すことすら恋になってしまうのだ。

空は遠い。夏はただただ広大で、足元の影に今にも溺れてしまいそうだ。ああそうだ。あの夏の日、喜八郎の掘った穴に落ちてしまった私を、彼はまったくもうと文句を言いながら引っ張り上げてくれたっけ。その手が、誰よりも、何よりも優しく強かったこと。もう一度あの日のように感じられるならば、涙と一緒に沈んでみるのも悪くないかもしれない。きっとあの日、穴の底の喜八郎からは、誰よりも空が遠く見えたことだろう。

思い出す/綾部喜八郎


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