うさぎの食卓 | ナノ


もしわたしのくされ縁というものが右手についていたのならば わたしはいつも右手をあげていなければいけなかっただろう。わたしの たったひとりのおさななじみは巨人だった。



「あつし、今日帰りお母さんが寄ってって」
「え〜なんで?」
「みかん 届いたんだって。おばあちゃんちから」
紫原敦。帝光中学校バスケ部。ポジションは センター。(みればわかる)身長はよくしらないけど、ずっとしゃべってると首がいたく なる、そんなかんじ。わたしの幼なじみはそんなふうなひとだった。やる気がなければ バスケ部っぽさも もちろんない。いつもおかしを片手に のんびりのんびり生きている。前にクラスのおんなのこたちに トトロみたい って言われてた。誉めているのかわからないので とりあえずは内緒である。
「今日部活ないんだけど」
「部活ないなら一緒に帰る?」
「赤ちんいねーし いいけど」
おうちは横の横のまえ。 歩いて15秒。これはちいさなころにふたりではかった記録だから、 あのころよりうんと大きくなったわたしたち とくにあつし は5秒ほどでいけてしまうかもしれない距離である。だからときどき まんがをかりたり お菓子をあげたり おすそわけしたり なんだかんだくされ縁は いつも右上につながっているのだ。

いつも部活でいそがしいあつしとは 練習にちゃんとでているかは別として 最近はあんまり一緒に帰れなくなっていた。でも夕日のおわりの色は あつしの髪の毛の色にとけるみたいで とてもきれいでだいすきだ。だからときどき誰かが 紫原くんのかみのけってきれいだねっていえば わたしもちょこっとだけ得意げになる。勝手に だけど。
「あつしは高校決めた?」
「んー まだ赤ちんと話してないからわかんないけど どっか遠くにいくかもね」
「そっかあ とおくに……」
まあ、バスケできめるかなあ 右上から声がふってくる。中学生代表みたいな 平均的なわたしはいつも あつしの声を右上からふってくるみたいに思う。風がつよいと ときどき声もとおくなる。50センチの差 たぶんそのくらい は伊達じゃない。足元の小石をければ ころころと転がってみぞにおちていった。あぶないでしょ へへ、ごめん。
「いいなああつしは……あつしにはバスケがあるもんね」
「べつにしたくてしてるわけじゃねーけど」
「しってるけど わたしにはなにも ないからさあ」
あつしがいなくなる。そんなことを 考えたことはいままでなかった。考える必要もないくらいに いつもあつしはそばにいるから。でもあつしのあの大きな足はいつも前だけをみて 進んでいるみたいだ。わたしのちいさな足はやっぱり おいつけないのかもしれないって たまに思ってしまうのはきっとだれも悪くない きっとだれのせいでもない。
「もしあつしがいなくなったら さみしいなあ……」
きっと緑間くんにいわせてしまえば きっと とか もし とか 考えるのはじかんのムダなのだというだろう。だって そんなくるかどうかわからないもの 不確かでしかたがない。なやむことはもっとたくさんあるのだ 体育のマラソン 期末テスト そっちのほうがよっぽど現実的で 確実だ。体育の成績に1がついてしまうのも 赤点をとってしまうのも とても困る。怒られるし お小遣いもへらされるかもしれない。でも あつしがいなくなるのは それ以上に とってもとっても困ると言い切れる。べつに一緒にいたってなにをしてくれるわけでもない。ときどき会う ときどきしゃべる ときどき こうやって一緒に帰る。うまれてから ずっとそうだった。でも あつしがいなくなるわたしの生活を わたしはまだうまく想像できないのだ。それはきっとそうなってほしくないからじゃないのかな あつしはふたつめのポテトチップスをたべおわった。パリパリという音がなくなって すこし 夕日に似合った静けさになる。
「困る?」
「うん よくわからないけど やっぱり あつしがいないのはさみしいと思うし」
じぶんでもうまく言葉にできないことを 誰かにつたえることは わたしには到底できそうにない。困る 想像できない さみしい かなしい こころぼそい どれも当てはまる気もする。でもそんなにおおげさに言うと きっとあつしはきょとんとして驚いてしまうだろう。でも あつしはこうして わたしの歩幅にあわせてくれる ものすごく下にあるだろうわたしの世界をみて 話してくれる。小石をけってこころをごまかしてみようとしても いいかんじの小石がみつからなかった。だって 仕方がない で終わらせてしまえるほど ほそい糸じゃないって思いたい。
「あつしがいなくなると きっとすごく困るよ」
夕日はもうおわってしまって、あのだいすきなあかみたいなむらさきみたいな色はもう見えない。夜がはじまろうとしているころはとても とてもさみしい。きっとあつしは困っているんだろうなっておもう。あつしがもしいなくなれば あの大好きな色に会えることもなくなるんだろうな。ああ、こんなこと いうつもりじゃなかったのになあ。さみしい、の延長線上にあるものは いいものばっかりじゃないんだね。あつしがなにも言わないのは きっと 困ってるから。もう やめよう。ごめん あつし ごめんなさ
「じゃあ 困ったら逃げこんでくればいーんじゃないの?おれ、おっきいし」
これあげる。最後にかぶせるようにして あつしはことばだけじゃなくて新しいポテトチップスの袋までよこしてきた。もうこの味飽きたんだとおもう。ちょっとしょんぼりしたムードもふきとばして いいこと言ったのに へんなとこ とんでもなくこどもっぽいところはいつまでも変わらないのか わざとなのか。
「……田舎の道くらいまっすぐな理由だね」
「なにそれ」
「この前みたDVDでリクが言ってた」
「おれそれ見てねーし」
「まだ返してないからうちにあるよ。見にくる?」
「んー、おかしがあるなら」あつしはバリッとまいう棒のふくろをあけた。
わたしだけの大きな隠れ家は 今日もどんどん成長をつづける。のんびりのんびりおかしを食べて バスケもしつつ たまにねむる。ときどきわたし。暗くてよかったかも ちょっと泣きそうなこと きっとばれてない。

一緒にいるなんておおげさだ。たまたま おなじ道を歩いているといった方がお似合い。それでもわたしたちは 選んで おんなじ道を歩いているのだから、それはそれで 手を繋いでるみたいなものなのかもしれない。それなら いつかこの道のさきが分かれているとしてもだいじょうぶなような気がする。分かれ道がきても しばらくしたら おいしいおかしとおおきなベッド ふたつとも用意して、あつしをむかえにいこう。かっこよくむかえになんてきてくれないけど いっつもやる気なくて 王子様とはほど遠いけど、それでもあつしがいてくれるとやっぱりうれしいから。ふかふかのホットケーキのうえでねむろう。困ったことははちみつかけて食べちゃおう。悲しいことはカスタードと一緒にシュークリームの中にいれちゃえ。ずっとこうしていけたら いいなって ねえ。これも トトロと一緒であつしには内緒だけど。
「これおいしくないからあげる〜」
「おいしくないならいらないよ」
「え〜いらないの?」
「えぇ?じゃあ、いる、かも」
隠し味は恋心 だなんて きっとあつしはいやがるだろうなあ。恋心よりおかしのほうがいいや って。ばかだなあ、わたしだって おかしよりあつしのほうがいいよ。


title by かずら

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