宇宙なんて最初から僕と君の庭でしかないんです | ナノ




来週の日曜日には冬が終わる、という声はココアにとけていくようだった。

ああ。そう。わたしはその言葉をじぶんの中に落とし込んで、マウスを一度カチ、と押した。セールで安くなっていたアウター、日曜日には冬が終わってしまうとしたらもういらないだろうと思ったのだ。



山口くんはわたしの隣の隣の家に住んでいる、わたしの友達の、中学校のともだちの、彼氏と、同じ高校の男の子の、ライバルらしい。なぜそんなにもとおくとおくの人と、普通きわまりないわたしが出会えたかというと、それは山口くんの方向音痴に感謝するしかないだろう。ぐるぐるとカフェのまわりをまわる男の子、7度めに見かけたときに声をかけたのはわたしだった。

『どこへ行きたいんですか』
『なにあんた』
『だからどこへ』
『ほっとけ』
『あなたを見たのは7回目。どこへ行くの』
『……北町行のバス停』
『こっちです』

決してうるわしいとは言えなかったわたしたちふたりの出会いがなぜ世間一般には桃色にたとえられる関係になっていったのかというと、それはどこかの神さまの気まぐれだと言うほかにはないだろう。わたしたちはより道をたくさんしながら、(それは主に山口くんが、だけれど。彼はやっぱりここでも立派な方向音痴をみせつけてきたから)それでも最後はリボンで結ばれるようにしゅるっとひきつけられてとなりどうしの椅子におさまったのだ。



「来週終わっちゃうの?もう?」
「そうだよ」

てきとうな返事と一緒にぱらぱらと洋書をめくるゆびさきは細くてきれい。それは雪のようなはだのいろ。そんな山口くんのゆびがわたしはとても好きだった。山口くんのソファのとなりのサイドテーブルにはココアの入ったマグカップ。わたしのパソコンのとなりにあるマグカップにはそれにマシュマロをうかべて。ミルクとココアの粉を小さな赤い陶器のなべでねるようにつくるのが最近のマイブームだった。いつもはコーヒーや紅茶ばかりの山口くんもこれはどうやらお気に召したようで、無言のおかわりがそのしるし。

「マシュマロは?」
「いらない」
「おいしいのに」

冬が終わっちゃうとココアはひとつむかしのような味になるから、今のうちにたくさん飲んでおかなくちゃ。くいしんぼうのわたしはひとりごとのように呟いて立ち上がった。キャスターのついた赤いいすがカラカラと音を立ててうごいた。山口くんに「なにその色」と言われた椅子。お気に入りだったんだけどなあ、とわかりやすくすねてみせたら、「お前にはぴったりだけど」と全然意味がないフォローをかましてきたのはいつだったっけ。

「はいどうぞ」
「アリガトウ」
「素直じゃないなあ」

コトンと音を立てて、サイドテーブルにマグカップをふたつおく。ちいさなサイドテーブルはそれだけでいっぱいになった。ちいさな部屋いっぱいにココアのにおいが充満する。しあわせのにおい。しあわせの空間。ゆっくり、やわらかく山口くんのひざに足をのせる。

「……なに」

わたしは何も言わないままに、お高いだろう洋書をもつわたしの好きなゆびをほどいて、たいせつに洋書をふかふかのじゅうたんの上においた。じゅうたんというのは田舎っぽいからいうなって言われたけど、なかなかやめられない。ラ、ラ、あ、そう、ラグとかいうやつ。そんなの、わたしにとっては山口くんさえいればおんなじなのに。

「だって、冬がおわるまえに、って」

言葉は途中でおわらせて、ゆびさきと同じ色の山口くんの首筋にそっとうでをまわす。冬がおわってしまうよ、はやくはやく、かわいいアウターよりも、とびきりのココアよりもさきに。わたしの世界でいちばんたいせつなものはあなたなんだよってどんな言葉で伝えたらいいんだろう。どうしたらわかってくれる?ねえ、言い忘れてたけれど、やさしいカーブをえがくそのくちびるも、わたしはとっても好きなの。ねえ、だってわたし、雪みたいに消えちゃわないでなんて、きっといえないもの。

宇宙なんて最初からきみとぼくの庭でしかないんです



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