わたしのみたまぼろし | ナノ

ランピー先生の両の手であたたかさがちがうことに気が付いたのはいつだっただろうか。たしかに気づきにくいことではあるけれど、両の手をにぎって すこし そうすればわかる。右の手は あたたかい。左の手は つめたい。ランピー先生にどうしてですがと問えば、僕にもわからないんだ、といつも笑った。


ランピー先生の夜はとってもおしずかだ。星のまたたく音も、草木が身を寄せ合う音も、すべてがどこか箱の中に仕舞い込まれたみたいに姿をあらわさない。ときどきわたしが寝返りをうつ音がごそごそと低く響くだけだ。ベッドルームにはいつも、あたたかくてやさしい色の空気が漂っている。それはいつも ランピー先生が纏っている香りにどこか似ている。
「……眠れないのかい」
「……ごめんなさい。起こしてしまいましたか。」
「ううん、眠れなかったんだ、僕も」
となりから、暗闇のシェルターを通してすこしくぐもった声が届く。うそばっかり 起きたばかり、引っ張り出してきたかのような声をして。きっと寝ていたんでしょう。素直にごめんなさいと謝れば、今日はとてもあたたかい夜だからねとさきほどよりすこし輪郭の感じられる声が聞こえた。ランピー先生は人を許すのがとても苦手だということをわたしはもちろん知っていたので、申し訳程度に開いていた隙間を少し縮める。不器用なのはお互い様だった。


そろそろと布団の中をふたつの手が私の手にふれてきたので、わたしはあたたかさを壊さないように、そうっと握り返した。ねむる前にハンドクリームを塗るようになってからというものの、ランピー先生の手は前以上により一層魅力的になって、そして、寂しがり屋になった気がする。冬のせいだろうか それとも よく手に触れるようになったから なんとなく手寂しいのかもしれない。その結果、手をつなぐことが増えて それにつられて 温度の差を感じることも多くなった。ああ、やっぱり、今日もだ。右の手はあたたかく 左の手はつめたい。暗闇や静けさはいつもならわかりにくいことを、ときどき こっそりと耳うちしてくれる。今日はいつもより 左の手がつめたいですね。……ほんとう?音だけじゃなくて、振動でもわかる、ランピー先生の声は優しい。きっとこういうことって、こんなときにしかわからないふつうで特別なことなんだろう。月灯りはあまりない。それでも あまり怖くはない。
「君は ぼくの手がふしぎだというけれど」
「ええ」
「僕からすれば、君だってそうだよ。右の手はあたたかいし、左の手はつめたい。」
いつの間にわたしは横を向いていたのだろう。気がつけばわたしはぴたりとランピー先生に寄り添っていた。人は 暗いところが好きなんだって。人は あたたかいところが好きなんだって。ねえ それは母体回帰本能というのでしょう?ギグルスのことばとともにあのおおきな瞳が思い出される。返りたいと願うのは本能であるという。返るのならば わたしはランピー先生とがいいな。いつか そう言ったことばの お返事が聞こえなかったのは、ほんとうは。
「もしかしたら世界でふたりだけ、僕たちだけの体温なのかもしれないね」
真っ暗闇で みえるはずのないランピー先生のお顔にはきっと涙が星みたいに光っている。そう 思ってしまう程にとても悲しい声だ。ランピー先生は、ようやくひとりじゃなくなった けれど、やっぱり ふたりぼっちだ。


何百年も生きているのだと言った。つくっては壊し またつくる。また 壊す。そうして生きているのだといった。君の心臓はねえ 水仙の葉で海の底の土と林檎の種を捏ねたんだ。あとは そう 手足にカエデの枝を使ったかしら。ぱらぱらとにっきちょうのページをめくりながらランピー先生は楽しげに語った。丁度夏だったからね 少しおおがかりな夏休みの自由研究のようなものだよ。ペンを机に置く。もうぼろぼろになってしまったこのノートは いったいどれだけの時間を見てきたのだろう。だけどね。ランピー先生はひとつ 呼吸をする。これは ぼくの全てでもあったよ。そういうランピー先生は幸福を漂わせる笑顔であった。


ねえわたし どこにも返りたくなくなってしまった。ここは子宮なんかじゃない 土の中 土のもっともっと 奥であればいい。冷たい土の中ではわかるのはランピー先生の温度だけだ。世界でふたりだけ、わたしたちだけの温度だ。壊して つくる そんな神さまみたいなランピー先生はとても崇高で それと同時にひどく孤独であった。他人の温度さえも知らないほどに。自分の温度さえもわからないほどに。
「わたし、ランピー先生をしあわせにしたい」
もうお返事はきこえない。届いているのかもわからない。でも それでもいいと思った。しあわせにしたい。世界でたったひとりのこの人を。こんなにもあたたかないのちをもつこの人を。わたしが。わたしの手で。ぎゅうとランピー先生の手をにぎると、温度がまざりあっていて あたたかくもつめたくもない。それをきっとひとは心地よいと呼ぶのだろうと思った。名前もないきもちをささげよう 言葉にできないきもちを知ってもらおう。ああ 明日からはとてもいそがしいらしい。幸福なんて、そうそう容易く手に入るものではないのだから。何度も何度も挫折するのだろう。それでもやっぱり諦めきれない わたしの神さま わたしと同じ温度をもつ 世界でたったひとりのひと。おやすみなさいのかわりにこつんと額をよせた。ああ、あなたのしあわせの一部になれたのなら。
















title by mimi

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