光る星は消える/3

※第三回。 第二回はこちら







音楽は好きだし、ダンスにだって興味がまったくないというわけでもなかった。けれど、ようやくイースを取り戻すための最後の障害となるならば話は別だ。
関係者席を用意してもらったものの、歯医者に連れて行かれるこどものように、ふてくされて、しぶしぶと、嫌々、会場へ向かった。
瞬は反対に興味深々といった体でまわりを見回したり、プログラムを読んだり、ユニットのチラシをごっそりあつめてきたりしていた。
「ポップコーン売ってないのかな?食べたかったのにな」
「瞬、映画じゃねえんだから」
自分が彼をたしなめているのは、なんとも不思議な気分だった。ずっと逆だったはずなのに。悪くは、なかったけれど。
ダンスレッスンで東せつなが不在がちだったからか、南瞬はこのごろは西隼人のうしろをカルガモのヒナのように追いかけ、その行動を真似てははしゃいでいた。
すっかり子供返りしているようで(子供の時期など無かったはずなのに)、もちろん悪くはないが、少し不安になった。
商店街で偶然出会った山吹祈里に、そのことを軽く話してみたことがある。



おっとりした物腰の彼女だが、案外鋭い推察が返ってきた。
「もしかして、インプリンティング、かなあ…」
「プティング?」
「刷り込みだよ。 怒らないで聞いてね。動物の子は、はじめに見たものを親だと思うの。そうして、あとはその個体に盲目的についていって、親の行動をトレースすることでいろんなことを習得する。生存のための本能。
あの二人は、ずっと、メビウスが心の支えだったんでしょ。それが急に無くなっちゃって、生まれ変わったのは、体だけじゃなかったってこと…それで、目の前にいた西さんのことを」
「…親だと?」
「ん… ごめんね、やな言い方だよね」
「いや。納得できる。んじゃ、俺はきちんと「親」をしてやらないとな」
そうして、もちろん瞬のことを思い出すときにセットで思い出す存在。
「なあ… じゃあ、せつなの「親」になったのは」
桃園ラブか。とは、口にできなかった。まず間違いなくそうだったのだろうが、認めがたい。山吹祈里は、穏やかに微笑んだ。
「でも、親が親なのは、旅立つまでだよ」



見に来てほしい、と言われたから見に来ただけであって、楽しむつもりなんかこれっぽっちもなかった。事と次第によってはナケワメーケを呼び出して暴れてやるとさえ考えていた。どうせ自分が召喚してもたいした不幸にはならないし。呼べるのか、まだ試してはいなかったが。
最初は、すねたままで見ていた。それから、足でリズムを取っている自分に気付いた。少し手の動きを真似てみたりした。5組目が出てきたときなどは、もう完全にわくわくしていた、音楽と、それに合わせて体で表現する、そう、体の動きがこんなふうに感情を伝えたり、かわいかったりかっこよかったりするものだなんて知らなかった!
いろんなポーズやモーションが、おしげもなく数分間にこれでもかと詰め込まれ、それでも記憶にしか残らない、聴覚で楽しむ、ひとの奏でるものが音楽ならば、ダンスはまさに視覚のために奏でられるものだ、そのうえ参加者達はとても楽しそうだ、きっと見ているのも楽しいがやってみるのもすごく楽しいのだ。
「つぎ、せつな達だよ」
瞬のささやきに、引き込まれていた場所から帰ってきた。居住まいを正す。そうだ、俺には、ダンスなんてイースを連れてく邪魔者のひとつであって、まあちょっとはおもしろかったがあいつのダンスなんて、もう全然……
舞台袖からプリキュアの4人が…いや、クローバーの4人が出てきた。
前奏がかかる。





優勝したクローバーの4人を囲みに、瞬は興奮ぎみにはしゃいで走っていってしまった。
西隼人は、ぐったりと客席に座っている。
彼女がダンス大会に出たがった理由を、いやというほど思い知らされた。4人のダンスには一番惹かれた。プロのレッスンによる純粋な技術力もさることながら、瞳が、指先が、語っていた。ダンスをすることも、「4人」でいることも幸福なのだと。
笑顔は、よいものだ。わかっている。それでも、トロフィーを受け取る4人に、せつなに、感じたもの。
あの夏に、目の前でキュアパッションに変貌したときに襲った感情に酷似した、「奪われた」という口惜しさ。
素直におめでとうと言える気がしなかった。俺達と、俺と、いなくても、あんなふうに笑えるのか。
打ちのめされている彼に近づく少女の影がひとつ。西隼人は伏せた瞳を上げた。

「あの、西さん」
桃園ラブ。感謝もしているけれど、わだかまりも残る少女だ。
「…なにしてんだこんなとこで。ヒーローインタビューとか、あるんじゃないのか」
「野球じゃないんですよ… こっそり抜けてきたんです」
こっそり、抜けられるものなのだろうか。優勝ユニットのリーダーが。
が、おそらく、彼女の回りの人間は、あえて彼女を行かせたのだろう。
「その… 西さんに、お願いがあって」
「あ?なんだ?」
桃園ラブは、すうっ、と息を吸い込むと、勢い良く90度におじぎをした。
「お願いします! せつなを、学校に行かせてあげて!!!!」
ホールに響く大声である。
撤収準備に入っていたスタッフ、なんとなく残っていた観客たちがなにごとかと注目する。
「わ、うわ、ちょ、ちょっと待てお嬢ちゃん、もうちょっと小声で」
慌てて椅子から飛び起きて彼女の肩をささえ、体を起こそうとする。が、すでにプリキュアの力は無いはずだというのにまったくもっておじぎの姿勢を崩すことができない。
たった今優勝したユニットのリーダー(中学生)が、ステージ衣装のまま、大柄な青年に頭を下げている、しかも発言の内容がなんだか不穏である。
「と、とにかく場所を」
「せつな、学校通うの、楽しいって! いつかラビリンスにも学校つくりたいっていってたんです!」
「…っ」
「二年生までにします、だからお願い! もちろん、卒業まで一緒にいたいし、そうしたいけど…すぐに行かなきゃいけないのもわかってるし、でも、冬休みのまま、クラスのみんなにお別れも言えないなんて、そんなの…!」
桃園ラブ。
愛を司るプリキュア、キュアピーチ、せつなの「親」。
自分のためじゃない、せつなのために、彼女は頭を下げている。
負けだな、俺の。
なににどう負けたのかは整理しきれないまま、それだけがすとんと落ちた。
「せつなは… 学校通うの、楽しんでるのか」
「! は、はいっ」
「ダンスと、どっちが楽しいって言ってた?」
「両方です!」
迷いなき即答。
それで、答えは決まった。



桃園ラブと一緒に、控え室へ向かう。クローバーの3人、彼らの両親、クラスメイトやらが集まっていた。その輪の中の東せつなへの、複雑な気持ちはまだ消えないけれど。
その彼女は、少し怪訝な顔で、戻ってきた二人を見た。確かに、珍しいとりあわせではある。
「せつな! 西さん、三学期も学校行っていいって!」
「え? …ええ??? ラブ、なに言ったの? ていうか隼人、なんで急に」
「……親の言うことだからかな」
「????」
瞬は、と見回せば、何故かキュアベリー、蒼乃美希と握手をしていた。好奇心全開で、つないだ手の角度を変えたり、指先でなぞったり、果ては恋人つなぎというやつにしてみたりする瞬に、蒼乃美希は純粋に困惑しているようだった。
「ううん… 手だね。からだの一部だ。それだけのはずだ」
「まあ、そうね。 あなた、なにが気になってるの?」
「それもわからないんだ。 ぼくはあんまり、人にさわったことがないから、だからなのかな? なんていうか、君の手に触れていると、胸の奥が… …なんだろう?」
蒼乃美希が助けを求めるまなざしでこちらを見てきたが、知ったことではない。
今日はみんなでお祝いしましょ、と桃園母が切り出した。沸き返る一同。行ってもいいのかしばし悩んだ西隼人に、桃園父が「今日は焼酎があるんだよ」と肩を叩いてきた。行ってもいいらしい。
「ねえ、隼人、ほんとにいいの、学校」
こっそり東せつなが近づいてきた。桃園ラブと違い、小声で。
「ああ。いいんじゃないか」
「……あんなに言ってたのに、どして… …もしかして、…」
「なんだよ」
「わたしのこと、四ツ葉町に置いてくんじゃ、ないわよね…?」
その不安げなまなざしに、暗い喜びを感じてしまう。歪んだ喜びは、幸福ではない。わかっては、いるのだけれど。
「置いてかねえよ。帰るときは、三人だ」
「…うんっ」
ほら、俺にだってせつなを笑わせることはできる。
「春まで、桃園に住むのか?」
「あ…うん、おとうさんたちは、そうしてもいいよって言ってくれてるんだけど…
隼人は、どう思う? わたしも、あの家、行ったほうがいい…?」
語尾こそ疑問形だが、ほしい答えがある。そんな瞳だった。どう答えてほしいのか迷っていると、ぱたぱたと瞬が近づいてきた。ニッコニコで右手を差し出してくる。
「ねーねー隼人、桃園さんちまで手をつないでいこっ」
一瞬すさまじい殺気を感じて、意識が戦士にスイッチした。周囲の気配を探るが、あたりに見知らぬ影は無いし何者かが潜んでいる様子も無い。
あの物理的とも言えるオーラは、すぐ間近で発せられたような気がしたのだが、近くにいるのは東せつなだけである。
気のせいか? 無理にそう思い込んだ。だいたい、本当に危機ならばイースとサウラーだって反応するはずだ。
「手? いいけど、なんでまた」
「美希がね、ほかのひととも手をつないでみたらわかるんじゃないかって」
逃げたな。蒼乃美希を見れば、彼女はしれっと目をそらした。
「あー、うん。俺でいいのか?」
「ぼく、隼人がいいな!」
「…………そ、そう、そうか……」
「隼人照れてる? かーわいっ」
自分のほうがよっぽどかわいい、けもののこどものような愛らしい笑顔で、美しい青年はその手をとった。
歩き出す二人の背に、東せつなが声をかける。
「隼人、明日はわたしの荷物運ぶの、手伝ってね」
「荷物?」
「桃園家から、わたしの持ち物、運んでほしいの」
「うちに来るのか、イース!」
「えー、せつな、せっかくだし桃園さんちにお世話になればいいじゃん。ねえ隼人?」
南瞬も、東せつなも、笑顔だ。
だがなぜだろう、前門の虎後門の狼という言葉が過ぎった。

「いいえ、明日から、行くわ。わかった?」

なぜだろう、見た目は東せつななのにイースに見えるのは。

とにかく、翌日からは、ラビリンスではないが三人で暮らすことになった。
それは事実のようだから、まあいいか、と思った。







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イェイイェイ

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2010/03/17


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