光る星は消える/2

※第二回。 第一回はこちら






ダンス大会に、4人で出場したいの。
イースがそう言ったのを止める理由は無かった。今までずっと連れ戻そうとしてきたのだ、その長い時間に比べれば数日後の大会を待つなんてどうということもない。イースは、戻ってくるつもりになったのだから。一刻も早く三人になりたいとはやる気持ちはあったけれど、同意した。
ウエスター、それにサウラー、見に来てくれる?
その言葉を強く拒否する理由もなかった。だから四ツ葉町にしばし逗留することになった。行きつけのドーナツ屋店主が所有する町外れの一軒家。白い壁に赤い屋根、家具も一通りそろったなかなかに可愛らしい家だった。庭は荒れていたけれど、雑草に埋もれるようにして、かつて手入れされていた痕跡が残っていた。
西隼人としての最後の数日間を過ごすことにした彼は、店主から芝刈り機を借りてきてこの庭の整備をした。短い間にはなるだろうが、三人で過ごすことになる、最初の家だ。できるかぎりきれいにしておきたかった。
ところどころ傷んでいた建具も修繕し、場所によってはパテで埋め、やすりをかけ、ペンキも塗りなおした。

「はやとは、そういうの、とくいだよねえ」
いとけない口調で、瞬として過ごすことになっている青年が言った。手元にあるのは幼年向けの絵本である。頭部がパンになっているという、衝撃的な発想力によるキャラクター、ちなみにヒーローもの、らしい。近頃の彼のお気に入り。図書館に通っては児童向けコーナーに居座る美貌の青年は、ご近所において現在もっとも熱い話題である。いつも読んでいたデカダンスやらピカレスクロマンやらには、今は興味を示さない。時折、歌まで歌う。あれはなんだったか、そう、愛と勇気だけがともだちだと歌っていた。
「ああ、俺、体動かすの好きだしな」
「ううん、そういうんじゃなくて。はやとは、なおすとか、つくるとか、そういうことをするための人だよね。こわすの、むいてなかったんだ。あいつ、そのこと知らなかったんだな。もうどうでもいいけど」
あいつ。メビウスのことだろうと推察をつけた。まだ瞬は、メビウスのことを固有名詞で呼べない。その瞬は絵本を置くと、となりへやってきた。ペンキを興味深げに見ている。
「…塗りたいのか?」
「んー、ぼく、そういうのあんまり… でも、はやとを見ていたいな」
にこ、と笑う美青年。そういう趣味は持たないはずの西隼人だったが、ちょっと、ぐっとくるものがまったくないといえないこともなくはなかった。というか南瞬と東せつなには徹底的に弱いように「できている」のだ。
「…そうか。やりたくなったらいつでも言えよ」
「うん、ありがとはやと」
玄関から呼び鈴の音がした。軍手を脱いで庭を抜ければ、私服姿の東せつなが紙袋を持って立っていた。冬の空気に、鼻先を赤くしている。
桃園家に住む彼女に不服がないわけではない。けれどどうにか、耐えている。今すぐにでもこの家へ来てほしい、桃園家に押入って彼女の荷物を全部彼女ごと奪い取ってきてしまいたいとはやる西隼人を、意外にも瞬が止めたのだった。一応それで引き下がりはしたものの、桃園家め、俺達のイースを篭絡しやがって、という気持ちは消えてはいない。
「どうした? 今日はダンスレッスンじゃ」
「ん、おかあさんがね、ごはんもたせてくれたの。三人で食べてねって。お昼ごはん、いっしょに食べましょ」
桃園家ありがとう!
西隼人は、あっさり意見をひるがえした。


桃園家が持たせてくれたサンドイッチは非常に美味だった。くるみの粒が浮いたパンは微かに暖かく、トーストされて少しかりかりしていた。ローストされた鶏肉はばら色になって脂を浮かべ、金色のはちみつとマスタードを混ぜたソースと、向こう側がみえそうなほどに薄くスライスされた玉ねぎ、やわらかなベビーレタスに挟まれている。
「桃園親子は料理上手って聞いてたけど、ほんとにおいしいね」
微笑む瞬には全面的に同意した。こんなにおいしいサンドイッチなんて食べたことがないと思った。三人で食卓を囲んでいるからじゃないかとも思ったが、それをわざわざ言うのはためらわれた。
冬の日差しがあたたかかったが、空気は冷たいので窓は締め切っている。それでも、太陽のやさしさと温度は十分に食卓へ降り注ぐ。
瞬は固形物やスナック菓子以外のものを食べ慣れていないので、パンくずをぼろぼろこぼしている。それを、隼人がいれてやった紅茶の入ったカップを置いたせつながふきとってやっていた。
ずっとこのまま、この時間が続けばいいのに。
いや、続くはずだ、もうすぐ、ずっと。
「…早くこねえかな、ダンス大会の日」
考えが、つい言葉になってこぼれた。東せつなが、おおきな柘榴色の瞳で彼を見た。
「楽しみにしてくれてるの?」
「当たり前だろ。大会さえ終われば、三人でラビリンスに帰れるんだから」
それまでという約束だから、桃園家に彼女が住むことも、待つことも、許せるのだ。
赤い瞳がかすかに揺れた。西隼人は、不都合の匂いを感じて眉を寄せた。
「…なんだよ。帰るんだろ?もちろん」
実は、明言はされていなかった。

四ツ葉町に帰ってきたあと、東せつなは、ラブとともに桃園家の両親へ無事を知らせたいといってすぐに行ってしまった。わたし、戻ってくるから。そう言い残したけれど、待ちきれず、落ち合う場所も思いつけず、戻ってくるって言ってるんだから待てばいいじゃないという瞬をひき連れて桃園家に押しかけたのだった。
結局、男ふたりは桃園家にあたたかく迎えられ、そのまま夕食をご馳走になり、西隼人などは酒までふるまわれ、泊まってしまった。
翌朝、桃園の家族とラビリンスの家族が勢揃いしたリビングで、東せつなは告げた。
4人で、最後のダンス大会に出場したい。その日までは、この家で過ごしたい。

その先のことは話していなかった。
大会さえ終えればこの世界に用は無い、三人でラビリンスに帰るのだと、そう信じて疑ってもいなかったしほかの可能性なんて浮かびもしなかったのだ。
けれど今はじめて、水盆にインクを一滴落としたように、広がる淀んだ何かを感じた。

「…おとうさんとおかあさんが、せめて三学期が終わるまでは学校に通ったらどうかって」
ほらみろ、と囁く声。こいつはいつもこうだ。俺達を裏切り、それだけでなく、寝返るふりまでしてみせたやつなんだぞ。
「桃園さんたちがどう言おうと関係ない。お前はどうしたいんだ」
固い声は、西隼人の姿であったがウエスターのものだった。幹部として、相手の意思を切り捨て、命令をする立場の人間の声だ。
ただの少女である東せつなの肩が揺れたが、彼には威圧するつもりなんてなかった、自然とそうなってしまっただけだった。謝罪するつもりもなかったが。
「わたし… わたしも、二年生を終わらせていきたいと思う…」
あれほど美味だったサンドイッチが、ただの弾力のかたまりのようになってしまった。ゴムを噛んでいるようだ。食べ物の匂いにいらついた。
「ほう。それで、二年が終わったら三年、それが終わったら高校生になりたい、大学生をやりたい、って続くわけだ」
「そ、そんなつもりじゃない…! わたしは、ただ、」
「もう二度とお前には騙されない」
自分でも、ぞっとする声だった。果てのない空洞から響くような。
いつの間にか立ち上がっていた少女は、言葉をさがして、さがして、結局は見つけられず、座った。
「ダンス大会までだ。終わったらすぐにラビリンスへ発つ。
俺は何かおかしなことを言っているか? その日までは、と言い出したのはお前だ」
「…いえ、言ってないわ… そのとおりよ。もちろん、ラビリンスにだって戻ろうと思っていたわ…」
その言葉に、密かに安心した。実は四ツ葉町に残る気でいたんじゃないかという危惧もしはじめたところだったのだ。それでも力ずくで連れて行くとは決めていた、プリキュアの力を返還し、ジュエル型召喚デバイスも起動できない今の彼女ならば、次元移動の手段は無い。だが、無理強いせずにすむならそれに越したことはない。
サンドイッチを分解してしげしげと眺めていた瞬が、おはなしおわった?とでも言いたげに二人に向き直った。
「ダンス大会か。ぼく、せつなが踊るところちゃんと見るの、はじめてなんだよね。
楽しみだな、ね、隼人!」
無邪気な笑顔に、東せつなが苦笑し、西隼人は渋面を作った。
いつかの三人の表情を取り替えてしまったかのようだった。

三角形がひずんでいる。その認識を、サンドイッチといっしょに噛み砕いた。






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ベガ、デネブ、アルタイル

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2010/03/16


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