あなた方がこれを読んでいるということは、私はもうこの世にいないのでしょう。こんな在り来たりな文頭でしかこの手紙を始められない私を許して下さい。
何故私が、この様な末路を選んだのかと申しますと、恐らくは武州にいた頃から私を蝕んでいた劣等感というものが、とうとう私の全てを飲み込んでしまったからに相違ありません。

女だてらに武士として生きていくことを決めた日、あなた方はこぞって反論を振り翳しました。私を弄ぶことしかしなかった人ですら、あの日は眉間に皺を寄せて真剣に怒鳴りました。然し私はその反対を押し切り、あの日、ミツバ姉を置いてあなた方と共に行きました。その直前、ミツバ姉と私が交わした会話などあなた方は知る由もないでしょう。簡潔に言うと、あなたは狡いと言われたのです。ですがその表情は穏やかで、何処か儚げで、私を罵倒しようとして言っている訳ではないことは明らかでした。
然し、私は本当に狡いのは彼女であるとしか思えないのです。彼女と離れても尚、あなた方には彼女が付き纏いました。否、彼女が付き纏っていた訳ではなく、あなた方が彼女を連れ添ったのです。何時でもあなた方の傍には彼女の影があり、そして彼女を連れ添うあなた方だけの妙な絆があり、どうにも私が入る隙など見当たりませんでした。私とて彼女を連れ添うことが叶うならそうしたのですが、生憎彼女と過ごした時間はあなた方の半分にも満たなかったので、到底無理な話でした。
そして彼女が江戸へやってきたとき、私は彼女を無感動に見詰めていました。薄情者だと思われるかも知れませんが、私はずっとあなた方に連れ添う彼女を見ていたので、久しぶりの逢瀬だなんて感じること無かったのです。そして彼女が死の淵に立ったときも、何ら込み上げるものは有りませんでした。美人薄命、こんな言葉が存在するように、美しいものは直ぐに滅びるのです。

彼女がとうとう旅立った瞬間、それまで私の中を渦巻いていた黒い靄が一気に晴れる気持ちがしました。私は彼女が私の為にこの靄を一緒に連れて行ってくれたのだと思いました。そのときは私も、彼女を心から弔いました。
ですがその靄は彼女の元を離れ、再び私の元へ戻ってきました。その理由は明らかで、彼女はその命を落としても尚、あなた方の傍にあったからなのです。生前より一層美しくなったと思えるその姿に私は愕然として、そして気付いたのです。彼女は自らの死を持って、その美しさを永遠にしたのです。思い出は美化する一方であり、あなた方の中に存在する彼女も美化はしても之から先劣っていくことは無く、想像上の美を彼女は獲得したのでした。
それからというもの、あなた方と共にあっても、私は何の満足感も得られませんでした。私があなた方の中で永遠に二番手であることを、私は知らず知らずの内に決め付けていたのです。あなた方が他人を格付けする様な卑しい方々では無いことは重々承知していましたが、私の方が卑しい人間であった為にこの様な考え方しかできずにいたのです。
一度あなた方に私は必要かと問うたとき、やはりあなた方は怒鳴りました。年長者である筈の人が、悲しいことを言うなと目に涙を浮かべていたのが瞼の裏に焼き付いて離れません。そのとき私は謝りましたが、実を言うとやはり胸の中に靄がありました。彼女相手にも同じ様に怒鳴っていたかと、そう思い出すと止まらないのです。

その時点で既に私はあなた方との間に線を引いていたのかも知れません。線と言える代物では無く、誰も越えてくることなど不可能の様な、深く広い谷を作り上げていたのでしょう。
私は嫌でした。私を一番手に置くことをしないあなた方がでは無く、私の中をぐるぐると巡り続ける得体の知れない靄がです。今思えば、此れが文頭に書いた劣等感だったのでしょう。

結局私は弱い人間で、誰にも胸中など明かせずにいたのです。

この様な経緯を踏まえて、私は一足も二足も先にあなた方の愛するミツバ姉の元へ行きます。どうぞ妬んで下さい。あなた方の見えないところで、私は彼女と共に過ごすのです。






20110401


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