同じ唄を今ここで






男は運転が荒く、もしや何か腹を立てているのでは無いかと助手席の女は冷や冷やした。その後男がチョコレートを差し出してくれたので、杞憂に終わったのだが。
今の時刻は丁度深夜二時、相棒の車に最愛の恋人を乗せ、男はひたすら走っていた。これと行った目的地は無く、只のドライブ。以前女が、男の運転する姿を見てみたいと言ったのを、ふと思い出したのだ。無断で借用したフィアットには煙草の匂いが染み付いていて恋人を乗せるのは憚られたが、折角の二人の夜にレンタル車は格好がつかない。仕方なく消臭剤を振り撒いてきた。女はあまり匂いを気にしていない様子で、密かに安堵の溜め息を吐いた。
甘党の女の為に買っておいたチョコレートを手渡し、再びハンドルを握る。海辺の道路を走っていると、女が窓の外を見て声をあげた。

「見て次元、海も空も真っ暗」
「んん?…あァ、これじゃ人魚姫も王子の顔がよく見えねえな」
「何それ」

月が雲に隠れている所為だった。月明かりで照らされる筈の水面はひたすらに暗く、僅かながら寒気を感じるものがある。その景色を見て生まれた男の冗談めいた言葉に、女は笑った。顔に似合わずロマンチックな一面もあることを、女は誰よりもよく知っていた。
月も無く星も無く、街灯すらない。暗闇に包まれた道を照らすのは、フィアットのヘッドライトのみ。そのライトで少しばかり見える男の横顔を、女はじっと見詰めた。ボルサリーノの縁から見え隠れする瞳が、女をちらりと見ては笑った。

「何だ、キスマークでもついてるか?小雪」

誤解を招きそうな発言にも、女は動じない。嬉しそうに笑うと、ずいと男に顔を近付けた。男が女の腹部を見た。いつの間にシートベルトが外れている。さすがに事故を起こすのは不味い、と、男は道端に車を止めた。瞬間飛び込んでくる柔らかな体をしっかりと抱きとめる。
随分と間近にある女の頬を撫でてやった。女はそれに擦り寄って、目を閉じた代わりに口を開いた。

「暗くてもね、私はよおく見えるよ、次元のこと」
「ハ、そりゃあ嬉しいこったな」
「次元は?」
「深海にいたって見つけて引き上げてやるさ」

返答に満足したのか、女は煙草の味のする男の唇に食らい付いた。チョコレートと煙が混ざって奇妙な舌触り。あやす様に女の頭を軽く叩きながら、男は静かに目を細めた。



おなじ唄を今ここで







20110116




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