初夏。朝日をカーテンで遮り窓を閉め切って、冷房できんきんに冷やした部屋でベッドに潜り込む。ちなみに掛け布団は毛布もセットである。

「あったかーい…、幸せ……」
「幸せ…じゃねーだろ!」

バン、と扉の開く音がして、冷気が一気に外へ逃げていった。

「うわ、お前はまたこんな体に悪そうなことを…」
「………、平助」
「おはようなまえ!」

にかっ、と笑った彼はわたしの幼なじみ。いつからか、平助がわたしを起こしに来て、一緒に朝ご飯を食べてから登校するのが日課となっている。

「それじゃもうひと眠り…」
「だめだって、もうそろそろ起きねーと遅刻する」
「…平助も一緒に寝ようよ?」
「……そ、その手には乗らねーぞ!」

おばさんの飯が冷めちまうだろ!と叫んで壁際まで勢いよく後ずさった。なんだ、つまんない。

「うーんっ…、はい、起きた」

毎朝あの手この手で惰眠を貪ろうとするわたしを諦めずに学校まで引っ張って行ってくれる平助は、口は悪いけどなんだかんだでいい奴だと思う。

「早く飯食って行こうぜ!」
「朝から元気だね」
「今日体育なんだ!」「男子はサッカーだっけ?」
「ちげぇよ、バスケ」

どうせ体育んときは保健室なんだろお前。ん、ご名答。
くだらない会話をしながらもそもそとおかずを胃におさめ、制服に着替える。軽いかばんを片手に、先に外に出た平助を追いかけた。





「藤堂くん、おはよう」
「おう!」

擦れ違い様に平助に声をかけていく女の子たち。こんなデリカシーのない男のどこがいいのか、何故かわからないが平助はモテる。

「へーすけー」
「お、仕度終わったか。んじゃ行こうぜ」

しかし毎朝この光景を見る度に胸がざわざわと荒波立つのも事実で、一概に女の子たちを馬鹿には出来ないのだ。

「…昔は女の子みたいだったのになあ」
「は?何の話だよ」
「小学生の平助の話」
「な…!む、昔の話だろ!」

通学路を進みながら、遠い記憶へと想いを馳せる。

「何で髪切っちゃったの」
「別に理由なんかねーよ、邪魔だったんだろ」

もう覚えてねー!と言う平助の顔は赤い。女の子みたいって言ったのがそんなに嫌だったのかな。ま、いいか。そんなことよりも一時間目が体育だったことを思い出して、今日はどんな体調不良を起こそうか悩むことにした。





「へーすけ!」
「なんだよ」
「へーすけのかみ長いね、女の子みたい!」
「お、おれは男だ!」
「だって、」
「じゃあ切るよ、短くする!」





なまえに男として見てほしくて、髪を切った。次の日、学校に行ったらあいつが目を真ん丸にしてやってきて、「へーすけ、かっこいいね」って言ったんだ。
忘れるもんか、何年片想いやってると思ってんだ。すぐ泣くし、弱いしだらしないし。だけどそんなあいつが世界一可愛いと思うのは惚れた弱みってやつ。いつか絶対振り向かせてみせるって、あのとき切り落とした髪に誓ったんだ。

「平助、」
「………」
「……平助?」
「………」
「…………好き」
「…は、………え?」
「え、……聞いてたの?」
「…もっかい」
「も、もう言わない!」

馬鹿平助。珍しく難しい顔をして何か考え事でもしてるみたいだったから驚かせてやろうと思ったのに、覗き込んだ平助がかっこよくて思わず口が滑ったのだ。



昔のことを思い出していたら、突然なまえの声が聞こえた。でも今あいつ何て…?混乱する俺を置いてなまえは校門へと走って行く。その場にうずくまったまま動けなくなった俺は10分後、一くんに発見されてお説教をくらう嵌めになった。





『すきをひとさじ瞼にこぼす』


100718.

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