掛け布団を退け羽織りにそっと手をかける。そろそろ包帯を替える時間だ。血はもう止まっているから、熱いお湯を絞った布で傷口のまわりを優しく拭いて、新しい包帯を巻き直せば良い。

――いいかい、三日に一度は私が行って薬をつけるからね。後は頼むよ、小さな看護婦さん。

先生に習ったことを懸命に思い出しながら、覚束ない手つきで作業を進めた。





診療所で患部から銃弾らしき物を取り出して三日目、青年と呼ぶには少し歳をとった男は昏々と眠り続けていた。ここは町唯一の診療所であり、治療を求めてたくさんの人がやって来る。さほど広くない診療所に彼一人をこれ以上は置いておけないのだと、先生は申し訳なさそうに言ってきたのだった。
そういうわけでせめて目を覚ますまでは、と引き取った男は今、一番奥の部屋に寝かせている。
それから一ヶ月、相変わらず眉ひとつ動かさないくせにどこか辛そうな表情の男。何か夢でも見ているのだろうか。包帯を持った手をそっと背中の下にくぐらせ、もう一方の手を向こう側について体を支えた。

「…、ん…っ」

小さく呻くような声がして顔を上げてみると、長い睫毛に縁取られた澄んだ紫の瞳と視線が絡む。

「…てめぇは誰だ」

その瞳は綺麗だけれども石のように冷たくて、一瞬部屋の温度が下がったような気がした。





早く、早く帰らなくては。ひと月前運び込まれた男について話があると言われ、看病を娘に任せて診療所に出向いた。しかしそこでこのことは内密に、と前置きをされ聞かされた話は、父親ひいては一家を混乱させるのに充分な内容であった。

「――羅刹、という言葉を聞いたことはありますか?銀によって負わされた傷は、その羅刹の特殊な血をもってしても中々治らないらしいのですよ」

先生が昔本土で医学を学んでいた際に個人的なツテで聞いた、羅刹という化け物の話。傷つけられた傍からどんどん塞がっていくという驚異の回復力と、飛躍的な力の増幅。それは秘密裏に幕府の下で研究され、人体実験まで行われていたという。

「しかしそれとあの男と、何の関係が…」
「考え過ぎかもしれないが、羅刹の実験には新選組が関わっていたと聞きます。そして彼の傷から摘出されたのはただの銃弾ではなく銀の鉛玉」
「…いや、やっぱりわからないな。どういう意味です?」

そこで先生は焦れたように頭を振り、真剣な顔で囁いた。

「新選組で羅刹の実験体となった男の中に、土方という男がいたそうですよ」





上体を起こしたせいでせっかく縫合した傷が開きかけている。しかし滲んだ血を拭こうと布に伸ばした手は空中で捕まり、男の上から退くことすら叶わなくなってしまった。

「は、離してください…!」
「てめぇは誰なんだ」

眠っていたときの辛そうな表情は影を潜め、今はこちらを睨みつけている。包帯を替えるために向こう側に置いた手と男に掴まれた腕のせいで、うまく距離を取れない。鬼のような雰囲気をまとう男に、涙声で答えた。

「なまえ…です、」
「何が目的だ」
「もく、てき?」
「俺は人質にはならねぇ!」

掴まれた手首が痛い。私を睨んではいるけれど、この人は一体何に怯えているのだろう。

「人質?人質って何のこと?」
「とぼけるな、他にわざわざ俺を助けて介抱する理由がねぇ」
「っ、あなたが怪我してたから放っておけなくて!」

何とか姿勢を正し向こう側に置いていた手を男の手に添え、本当にそれだけです、と念を押した。それよりも、傷は痛まないのだろうか。少量ではあるが先程から止まらない血を横目に捉え、少し気分が悪い。
疑うようにこちらを睨んでいた男と無言のまましばらくたったそのとき、後ろからばたばたと足音が聞こえた。



「なまえ!」
「…お父さま?」

勢い良く障子を開き、娘の姿を探す。目の前で振り返ったなまえは、男に手首を掴まれ動けないようだった。

「は、離れなさい、」
「お父さま、どうしたの?」

足早に駆け寄ると、男はあっさりと娘を解放した。

「そいつは政府の野郎だ」






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