いつになっても着慣れることのない西洋の服をまとい、右手の刀を振り下ろす。目の前には赤い池溜まりと関節がおかしな方向にねじ曲がった塊の、山。どちらを向いても生と死の区別すらないような地獄だというのに、立ちはだかる壁はいっこうに薄くならない。

「土方陸軍奉行!」
「何だ!」
「弁天台場が苦戦している模様!」

ふとした隙を狙い襲い掛かってくる者をしなやかに一刀しながら、先程から次々と報告される情報を頭の中で整理して愕然とした。市中は敵の手に落ち俺はここで足止めをくらい、榎本さんは海上で軍艦を指揮中のはず。奴らどれだけの人数で攻めてきてやがる…!だが弁天台場には島田がいる。あいつなら大丈夫だ、必ず持ちこたえる。

「…一本木関門を突破する」

あそこを取られたら挟み撃ちを許すことになる。どっちにしろもう決着つけなきゃなんねぇだろう。

「いいかよく聞け、今から弁天台場へ向かう。俺に遅れをとる奴は全員切腹だ!」
「は、はいぃっ」
「振り返るな、前だけ向いて進め!」

疲労と怯えで混乱する兵士達を無理矢理奮い立たせ、新政府軍に突っ込む。
これで最後だ、相手は総力戦を仕掛けてきているのだから。俺が刀を握るのは世話になった会津の殿様の為?違う、志の為?それも否。俺は今、俺のために戦っている。近藤さんを見殺しにした自分を、あいつらを支えてやれなかった自分を懺悔するための戦い――。
戦場で理想を語るなんてのは馬鹿げた妄想だ。その瞬間を自分が生き延び、王の首を守りきることだけが勝利なのだ。

「…――突撃!」

だがこの蝦夷共和国に守るべき王はいない。守るべきは王ではなく祈りで、それ故に最後の一人まで全員が兵士なのだ。だから俺は茂みに潜ませていた馬に乗り戦友と共に最前線へ出て、同じように命を懸ける。疲れ果てた仲間を励まし、一層激しくなった戦場へと身を投じた。





暗い視界の中、どこか遠くからぼんやりと何か聞こえる。さく、さく、とうっすら霜の下りた草を踏むたどたどしい足音。その音に気付いた瞬間、腹部に激痛が走った。肺が圧迫され苦しくて喉が開かない。ひゅう、と息の洩れる奇妙な音がした。痛みで今にも気を失いそうだというのに、人間とはこういうときに限って案外冷静なものだ。俺が起こした微かな反応にまだ生きているらしいと気付いた足音の主が、恐る恐る寄ってきた。

「…学おにい?」

誰と間違えてやがる。そう言いたいが、目も開かなければ声も出ない。もうどうでもいい、放っておいてくれ。自分の体だ、痛みの原因くらいとっくに分かっている。
声を発した人物は一応警戒しつつもやがて俺の横に膝をつき、胸に手を乗せた。弱々しくではあるが規則正しく鼓動する心臓に安心したのか、それから遠慮がちに声をかけてきた。

「い、痛かったらごめんなさい、」

じっとして居てもいっそ気絶したほうがましなくらいに痛いというのに、あろうことか足音の主は俺の左手を持ち上げ引っ張っている。全身の皮膚が歪み傷に直接響いた。腹部に集中する激痛により一時的に機能を回復した腕で、地面を引っ掻く。いい加減にしてくれ。

「…っ、は、…ぁ」
「もう少しだから、死なないで」

鼻を啜る音と、強い後悔の念に苛まれているような悲しい声。しばらく引きずられた先に光があるような気がした。瞼の裏がほんのり明るい。それから程なくして突然立ち止まり腕を下ろされたかと思うと、足音は急に遠ざかって行ったらしい。辺りがまた静寂に包まれ、痛みに耐え兼ねた俺の意識はついに沈んでいった。





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