※短編「触れたいと焦がれる」後日談
白む空に夜明け特有のひんやりとした空気が漂い、庭の葉が露に濡れる頃。屯処の奥からわたしの一日は始まる。
私服に着替え布団を畳み、邪魔な髪を結んでから静かに襖を開ける。途中に通り過ぎる山南さんの部屋の前では殊更気を遣い、冷たい廊下を歩いた。
「今日こそ堪忍なさい…」
目当ての人物がまだ眠る部屋へと辿り着き、そこで深呼吸をひとつ。
「…、覚悟！」
勢い良く襖を引き目を走らせた、のだが。
「あ…れ、左之さん…？」
まだ夜も明けきらないというのに部屋はもぬけの殻、布団こそ敷いたままだがそこにもすでに温もりはない。
「ま、またやられた…！」
丁度同じ頃、眠たい目を擦り原田を招き入れた永倉は感心とも呆れともつかぬ溜め息を吐いていた。
「…なぁ左之」
「ん？」
「なまえちゃん、これで何日目だ？」
「さぁな、…一週間ってとこか」
原田がなまえの部屋で見つかって大騒ぎになったあの日から一週間。待ち伏せ、夜襲、物陰からの突撃、しまいには仕掛け縄まで。そして今日は寝起きを狙ったらしい。畳に寝転び大欠伸をする原田を横目に、永倉はふと思い返していた。
「早く謝った方がいいんじゃねぇの」
「ん」
「なまえちゃん怒ってんだろ、あれ」
「…あぁ」
どうにも煮え切らない態度に痺れを切らし向き直ると、相方は少し疲れた顔で静かな寝息をたてていた。
「……ふ、この阿呆め」
どうして左之さんは逃げるのだろう。初めは土方さんやみんなに怒られたり冷やかされたのが恥ずかしくて、左之さんから誤解を解いてもらおうとしただけだったのに。
「…なのにわたしの顔を見たら逃げ出すなんて！」
途中からはもう鬼ごっこのようなものだった。これはわたしと左之さんの意地比べ、絶対に捕まえてみせる！そう決意も新たに立ち上がったときだった。
「なまえちゃん、いるかい？」
「…はい？」
眠そうな顔で原田の部屋に入ってきたのは永倉だった。
「あ、おはようございます」
「おう。今日も左之のやつ探してんのか？」
「はい、でも今日も失敗みたいです」
「ありゃあ残念だったな」
外を見ると太陽が昇りかけ、空は橙に輝き始めている。きっともう少しすればみんな起き出す頃だろう。そろそろ時間か。
「それじゃあ新八さん、失礼します」
そうひと声をかけて炊事場に向かおうとすると、呼び止められた。
「あーそうだ悪い、なまえちゃん俺の部屋から手ぬぐい持ってきてくんねぇかな？」
「！稽古ですね」
「あぁ、悪いな」
「いえ！じゃあ道場にお届けします」
背中にありがとうの言葉を受けながら今度こそ廊下に踏み出し、永倉の部屋を目指した。
「…ふぁ、俺の出番は終わったぜ左之」
歩き出して間もなく、永倉の部屋に辿り着き襖を開ける。すると目の前に見覚えのあるシルエットが。
「…さ、左之さん見つけた！」
畳に寝転がり眠る原田を認識した瞬間、頭から永倉のことはすっかり抜け落ちた。そして喜びか怒りか、よく分からない感情が込み上げ、原田の側に寄ると腕を掴んだ。
「左之さん！起きて下さい！」
「ん…、」
「捕まえましたよ！」
「……なまえ…？」
薄目を開けた原田だが、寝ぼけているのか、いつものからかうような表情はない。
「…左之さん？」
もしかして疲れているのだろうか。今まで怒っていたことも忘れて顔を覗き込むと、不意に温もりを感じた。
「さ、左之さ…！」
「…ごめん、」
聞こえてきたのは弱く小さな声。
「ごめんな」
「な、何が…」
「俺を追っかけてくるお前が可愛くて、つい逃げ回った」
寝転んだままの原田の両腕が背中にまわり、耳元で囁きながら頭を撫でている。
「か…！あ、あの…わたしも、縄とかいろいろ、ごめんなさい…」
「…あぁ」
時間が緩く感じる。いつの間にかわたしの頭を撫でる手は止まり、そして意識は深く沈んでいった。
「新八っつぁー……ん!?」
それからさほど時間のたたない内に、騒々しい声で目を覚ました。
「平助！うるせぇってこの間も…」
「ひ、土方さん！なまえが！」
「…ほぅ、」
…状況は最悪のようです。
「…今度は新八の部屋で、なぁ」
「お、おはようございます…」
「なになに面白いこと？」
「やめておけ、総司」
「なまえ！ここに座れ！」
「さ、左之さん離して下さい！じゃなくてまず起きて下さいっ…！」
『この腕の中に温もりを』
（…ねぇ、起きてるんでしょ）
（総司か…内緒、な）
101219.
大変お待たせして申し訳ありませんでした、さーちゃん様リクエストの「触れたいと焦がれる」の後日談です。疲れるほど逃げ回ってでもヒロインちゃんの気を引いていたい左之さん、ということで強引にまとめました。なんかもうすみません…！とりあえず一番の功労者は新八です！はい！