人里から少しばかり離れた森の奥、人間が容易には立ち入ることの出来ないような木々が鬱蒼と生い茂る自然の中にぽつんと存在する、不知火の地。

「…匡、」
「あぁ?…なまえか」

縁側に腰を下ろして胡座をかく匡を見つけて声をかけると、振り返ってわたしの姿を認めた匡は顎をしゃくって隣に来いと誘ってくれた。

「…………」

お互い沈黙したまま眼前に広がる庭に目を向ける。丁寧に手入れされた雑木はとても綺麗だった。

「…あ、匡見て!」

何と言うことはない、池の鯉が跳ねて水面が揺れただけなのだが、その光景すらも美しく感じる。

「何だよ、ただの鯉じゃねェか」
「うん、ただの鯉」
「……あぁ、そうだな」

普通の光景を、匡の隣で当たり前のように見ている。それがたまらなく幸せ。きっと匡も同じように思ってくれているとわかるから、この沈黙も嫌いじゃない。



静かな時間が流れる。この優しい静寂を壊さないように匡の腕へと手を伸ばした。

「…何だ?」
「しぃー……」

鍛え上げられた筋肉に沿って施された入れ墨、無駄なく引き締まった身体、細く滑らかでも少しごつごつとした男の人の指。どれひとつ欠けてもそれはもう匡ではない。

「……赤ん坊みてェだな」
「…なによ、子供扱いしてくれちゃって」
「ふっ、だってお前子供だろうが」

匡に触れていたくて肌に手を沿わせていたら、大きくて暖かい手が、わたしの大好きな男の人の手が頭を撫でた。

「…赤ん坊でもねェか、」
「なぁに?」
「そうやって気持ち良さそうに目をつむると、まるで猫だな」

急に視界が暗くなる。人肌に鼓動を感じて、匡に抱き寄せられたんだと気づいた。

「気まぐれは構わねェが勝手にいなくなったりすんなよ、なまえ」
「………ん、」

わたしを必要としている、そう言葉ではっきりと伝えられたのはいつぶりだろう。

「はははっ顔真っ赤じゃねェか!」
「…匡だって、」
「ん?」
「…わたしの前から突然消えたりしない?」
「あぁ、当たり前だろ」
「匡はいつも勝手に先走って面倒だって、千景様に聞いたから」

心配で。

「ちっ、風間のやつ…!」

それでもこの人が好きだから。苦い顔で悪態をつく彼の腕の中で、この先ずっと心配をかけさせられるのだとわかっていても、匡を支えるのはわたしだけがいいと思った。





『朧気な先もその先も』

(早鐘を打つその鼓動が)
(わたし達の絆の証)


101009.


理人様へ捧げます。甘くならない…ラブラブってどうやって書くの…!お待たせして更にあまり希望に添えず申し訳ありません、縁側しか活用できませんでした…。何かあればいつでもお申し付け下さいませ!
この度は企画に参加して頂き、ありがとうございました!


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