「あ、こんなとこに居たのかよ!」

やっと見つけたぁ、と顔を見せた平助は片手に手拭いを握り締めていた。

「こんなところも何も、此処は俺の部屋だが」
「いやてっきり玄関に居るもんだと思ってさ!戻ったら居ねーから探したんだぜ」

左之や新八と別れた後、俺は少女の手をひき自室へと下がっていた。そういえば玄関口でそんな会話をしたやもしれぬ。俺は有り難く手拭いを受け取り毛先の水を絞った。





「初めまして、つうかさっきぶりだな!俺は藤堂平助。お前は?」

平助は俺の部屋にどっかりと座り込み、目の前に座る少女に今にもつかみかからんばかりの勢いで話し掛けている。そうか、新八も平助も、子供好きだったのか。毎日顔を合わせていてもまだ知らないことがあったとは、俺も精進が足りない。

「そうだ、あんたの名前。俺もまだ聞いていなかったな」

髪留めを解き手拭いで湿った頭部を雑に拭う。あとはそのうちに自然と乾くだろう、俺は髪を元通り結い直しながら尋ねた。

「なまえ」
「姓は」

するとなまえは首を横に振った。なるほど、苗字帯刀でないのならばまず百姓をあたるべきだろうな。今のご時世、どこの藩も財政難により以前よりも格段に安く姓を買うことが出来るようになってしまった。正確に言えば、姓を買うすなわち身分を買うということだが、おかげで苗字を持つ商人や金持ちの百姓が増えたというわけだ。

「なまえかぁ、良い名前だな」
「……!、うん!」

そんなことを考えていると、目尻を下げ笑う平助につられて目一杯の笑顔を見せるなまえの姿が視界に入る。微笑み合う無邪気な二人に、突然例えようのない苛立ちを覚えた。

「…平助、それは身元の知れぬ迷子なのだぞ」
「へ?わかってっけど…つうかそれってなんだよ」
「き、気を許して良い相手か見極めるべきではないのか」
「……一くんどうしたんだよ、」

心配そうにこちらを伺う平助の視線を避け、なまえの顔を盗み見る。俺とてこのような幼子が密偵だなどとは考えていない。しかし…、しかし新八といい平助といい他人にそう易々と心を許して組長など勤まるのかと心配になったのだ。泣きそうな顔で俺を見つめるなまえに胸が痛んだような気がするが、疲れているせいだと思い込むことにしよう。

「何だよ…一くん怖いよなーっ」
「ねーっ!」

仲良く声を揃える子供二人を目の前に腹を立てている自分が情けなくなり、大きな溜め息を吐いた。





『世界はそれを嫉妬と呼ぶ』

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -