「じゃあ、わからないことがあったらすぐに呼んで下さいね!」

浴室の使い方を簡単に説明して、左之さんをお風呂に入れる。シャワーやらタオルやらシャンプーやら、外来語のものを説明するのは骨が折れた。そこのノズルを捻って、と言っても、ノズルってなんだと返される始末なのだ。
左之さんにしてみれば自分の知っている常識がまるで通用しないのだから、わたしなんかでは計り知れないほどの苦労を強いられているのだろう。早く帰る方法を探してあげないと。



「…さて、と」

左之さんがお風呂に入っている間にすることはたくさんある。夜ご飯の食器を片付けて、洗濯物もしてしまわなければ。

「……失礼しますよー…」

脱衣所に備え付けられている洗濯機を回そうとそっとドアを開ける、と。

「?、なまえ」
「わ!あの…ご、ごめんなさいっ!」

バスタオルを腰に巻いただけの格好で長い髪から水を滴らせている左之さんと鉢合わせてしまった。

「構わねえけど、どうかしたか?」
「出ます!む、向こうで待ってますね!」

ばたん、と大きな音をたててドアを閉め、そのままダッシュでリビングへと帰還した。左之さんが扉の向こうで笑いを爆発させている。



「…もう!」
「何がもう、なんだ?」
「左之さん!」
「はは、なまえは可愛いな」
「……子供扱いですか?」
「んー?」

ぬっ、と後ろから現れた左之さんは、わたしの頭をぐしゃぐしゃと撫で回したあと、床に胡座をかいて座った。

「浴衣似合ってますね」
「そりゃあお前、なまえが見立ててくれたからな」
「………」

どうしてこうクサい台詞がすらすらと出てくるのか。もしかしてからかわれているのだとしても、易々と引っ掛かってしまいそうだ。

「…さっ、左之さん!髪、乾かしましょう!」
「放っておいて平気だぜ?」
「駄目ですよ、せっかくこんなに綺麗なんですから。それに風邪、引いちゃいますよ」

もう一度脱衣所に戻りドライヤーを持ってきて、左之さんの髪を乾かす。俺はそんなにやわじゃねえ!とかなんとか、ドライヤーの音でよく聞こえなかったけど、左之さんの笑った声だけは聞こえた。



「今日は忙しかったですね!わたしあんまりお役に立てなくて、すみません」
「そんなことないぜ、感謝してる。…まあ正直なとこ、まだ戸惑ってんだけどな。ぐずぐず言っても始まらねえことってあるだろ?」
「そうですね。……わたし夜中に倒れてる左之さんを見つけたときは、絶対おっかない人だと思いました」
「お前、」
「あはは、冗談です」

左之さんにどこで寝てもらうか考えたのだが、わたしの部屋は狭いし、かといってひとりにするのは気が引けて、結局リビングに布団を二枚敷いて電気を消した。疑っているのではなくて、ひとりは寂しいんじゃないかと思ったのだ。…押し付けがましいかな。



「疲れましたねー」
「なまえは体力なさそうだからな」
「左之さんひどい!」
「はは、悪い。だけど女ってのはか弱いくらいで丁度いいんだ」

左之さんの声が低くなった気がした。

「…そ、そういえば左之さんお腹に大きな傷ありますよね!」
「ああ、自分でかっ捌いたときのやつな」
「かっ…!?」

自分でってどういう、もしかして切腹ってやつ?…何にしても、悪いことを聞いてしまったかもしれない。

「………」

わたしが落ち込んだのが伝わってしまったのか、左之さんはこっちを向いて微笑んでくれた。

「若気の至りだ、なまえが気にするようなことは何もねえよ」

それからまた寝返りを打つと、おやすみ、と呟いて静かになった。



今日一日ずっと一緒にいて、少しは慣れてくれただろうか。もちろん早く帰れるに越したことはないが、いつになるかわからないのだから、ここでの生活も出来るだけ楽しんで欲しい。
わたしはというと、言動の端々にわたしの知らない左之さんを度々垣間見ては、知らず知らずのうちに胸が拍を刻むのだった。





『わたしの知らない人』




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